散々な日だった。

 優香は部屋の鍵を開けたあと、誰もいない自分の部屋に向かって「ただいま」と小さく呟いた。

 六畳一間のアパートは、家賃は安いものの割と気に入っている。
 
 本来だったら、さっさと父の形見など諦めて自分の人生を歩めばいいのだ。

 ここまで執着する必要もないだろう。と自分に言い聞かせても、夜寝る前に目を閉じると亡くなった父と母の顔を思い出してしまうのだ。

 やはり、薄情に父の大事だったあの場所を捨てることは出来ないと。

 土地の権利書の場所も、社長という地位も、彼女から取り上げるには、何か行動を起こさなくてはならない。

 彼女から店を奪うには、味方が足りない。

 従業員たちは、自分がクビにされたらと恐れて協力を仰ぐのは厳しいだろう。
 
 誰かを犠牲にしたり、犯罪に手を染めたりすらことだけはしてはいけないと決めていた。

 毎晩自分の考えにうなされながら、朝を迎えて同じ日々を過ごしている。

 時には泣いて、時には絶望して、時には後悔しながら。

 優香にこれといって親しい友人はいなかった。
 高校時代に仲の良い友達はいたものの、父が死んでから継母にこき使われ続け、いつの間にか彼女たちとも疎遠になっていった。
 
 自分は働いていて、何もない。

 彼女たちは、大学生活を楽しんでいて苦労とは疎遠だった。
 
 たまに会うことはあっても、話が噛み合うはずもなく「優香は、早くそんな家出ちゃいなよー」と他人事なので軽く言われて終わるだけだった。

 父の店を取り戻そうとしているのは、彼女たちに対する意地のようなものなのかもしれない。

 私の選択した道は間違っていなかった。
 
 どんなに継母にひどい仕打ちをされようと、父の店を取り戻すという目的がある限り、後悔などしている場合ではないと。