「有村さん。午後に内見のお客さんがいるから、車出してくれるかな?」
 
 営業電話を終えた後、笹田課長に頼まれて優香は「分かりました」と返事をした。
 
 仕事は嫌いではない。最初は泣く泣くやっていた仕事も、覚えてしまえば楽しく出来ている。

 最大の問題点は、給与が低いということだが、それ以外は何も文句はない。父親と一緒に働いていた人々もたくさんまだ働いているし、彼らから父の思い出話を聞くのは、嬉しかった。

「いやあ、悪いね。突然スケジュールが埋まっちゃってさ」

「大丈夫ですよ。課長は、今日の午後会議ですもんね」

「まあね。数字のすりあわせばっかりでまいったよ。あ、社長は君のお母さんだったか。内緒にしてくれよ。今の愚痴」

「分かってますよ。黙っていますから」

「助かるよ」

 課長から受け継いだ資料に目を通した後、優香は車の鍵を取り出して、車の掃除をするため準備を始めた。

 
 内見の仕事が終わった後、会社に戻って、全部掃除をする。誰かに言われたわけではない。自分がしたいからするのだ。
 
 父が愛した会社をなるべく綺麗に使いたかった。

 椅子を全てよけて、掃除機をかけた後に不在着信が会ったことに気がついた。

 継母だった。
 
 まきは、よく用もないのに電話をかけてくる。内容はあまり喜ばしいものではないことの方が多いが、電話に出なければ後で何を言われるか分かったものではない。

 折り返しても、電話に出ない。
 
 これは直接彼女の家に寄らなくてはだめだという合図だ。

「何言われるんだろ……」

 うんざりしながらも、優香はどかせた椅子を片付けて職場を後にした。