目が覚めて、自分の家ではないと気がついたのは、いつもあるはずの加湿器のボタンを押せなかったからだ。

 今日は、日曜日なので、職場は休みだ。

 荒らされた部屋を片付けに行かなくてならない。
 
 今日が、休みで本当によかった。

 契約を取るまで職場に来るなとは言われているものの、そろそろ無断欠勤をいつまで続けるつもりだと野次を入れられる頃だ。

 そもそも、空き巣が入ったので、出勤時間を有休が欲しいだなんて言ったところで通じないだろう。
 
 二階にある客間を出て、階段を降りる。

 昨夜、康から教えてもらった洗面所に足を運び、顔を洗っていると、扉が開き、寝ぼけた顔の華が姿を現した。

 彼女も、優香が泊まっているということを忘れていたのか、驚いたような表情を浮かべたが、思い出したようだった。

「おはようございます」
 
 優香が声をかけると「おはようございます」と礼儀正しい返事が返ってきた。

「よく眠れた?」

「それは、優香さんの方でしょ。大丈夫でした?」

 気遣いもできるなんて、なんと躾のできた良い子なのだろう。

 優香が同じ年の頃、同じように対応できただろうか。
 
 だから、今もまきに嫌われているのだけれども。

「大丈夫よ。ありがとう」

「目が、腫れてる。嘘が下手な人ね」

 歯磨き粉をつけて、シャコシャコしながら華は、優香の方を見た。

「……うっ」

「つらい時は、つらいって言っていいって、こうちゃんが言ってたわよ」

 昨晩、康は優香が落ち着くまでそばにいてくれた。

 あんな風に、誰かに寄り添ってもらったのは何歳ぶりだっただろう。

 年甲斐もなく甘えてしまったことを思い出して、顔が赤くなるのを感じた。

 その様子を、華はいたずらな笑みを浮かべているとも知らずに、優香は赤面した顔を隠すように顔を洗った。

 華と共にリビングへ足を運ぶと、康の他に由紀が朝食をとっているところだった。

「本当に恋人になったわけ?」

 興味津々といった様子で、由紀はソーセージをフォークで刺しながら康の方を見た。

「彼女の家が諸事情で住めなくなったので、客間を提供しただけだ」

「ふーん」

「なんだ、その顔は」

「いや、あの康がどんな理由があろうとも、女性を家に滞在させるなんてさ。呪いの呪文がとける前触れかなと思って」

 呪いの呪文?

 何を言っているのか分からず、きょとんとしている優香に華が「優香さんの席はこっちよ」と招いた。

「コーヒーはブラックでいいか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「遠慮はいらない。おちょくってくる由紀は、コーヒーは必要ないだろ」

「あ!何だよ!ひどいな、親友だろ」