夜も二十二時を過ぎると、さすがの美智子も自宅に戻っていった。
 
 送ると言う康を制して、美智子は迎えに来させた旦那の車に乗って帰って行った。

「優香ちゃん、大丈夫そうに振る舞ってるけど怖かったはずよ。今夜はなるべくそばにいてあげて」

 美智子の言葉を思い出し、康が居間に戻るとそこには華に膝枕する優香の姿があった。

「少しお話をしていたら、眠くなってしまったようで」

「ありがとう。華を寝室に連れて行くから、君も一緒に来てくれ。ついでに、客間も案内する」

「分かりました」

 華を抱き抱える康の後に優香はついて行った。

 成人男性と少女が二人で住むにはあまりにも広すぎる家に、優香は改めて驚いた。

「広いですね」

「もう亡くなった祖父と父とで二世帯で住んでいた家だからな」

「そうなんですね」

「おかげで掃除が大変なんだ」

「確かに、大変そうですね」

 華を寝室に連れて行って寝かせた後、康は家の中を優香に案内した。
「ここが、風呂場、タオルは好きに使ってこの洗濯機の中に入れてくれ」

「分かりました」

「歯を磨く時のコップは……紙コップを後で持ってくる」

 優香の滞在する客間は、華と康の寝室から少し離れた場所にあった。
「だいぶ使ってないからな。少し使う前に掃除を手伝ってくれないか」

「あの、あまりお手をわずらわせるのも申し訳ないので、私一人で出来ます」

「……そうか」

「色々とありがとうございます」

 ホッとしたのか、優香は思わず腰が抜けてベッドに座り込んでしまった。

 康は短いため息をついた後、優香の隣に腰掛けた。

 少し距離はあいていた。

「よく、頑張ったな」

 優香は顔を上げて、康の顔を見つめた。

 ここ数年誰にも言われたことのない言葉だった。

「泣いてもいい」

 康の言葉に、優香は頷いた。
 
 頬に涙が落ちたのは、父が死んで以来だった。

「つらいです……」

 追い詰められていた糸がプツンと切れた。

 どうして、私ばかりこんな目に遭わなくてはならないのだろう。

 私が一体何をしたというのだろう。

 全て日常は突然理不尽に奪われていく。

 泣きじゃくる優香が落ち着くまで、康は何も言わずそばにいてくれたのだった。