康の伯母である美智子と約束しているのは、夜の六時だった。
専業主婦である、美智子は旦那の夕飯の支度をしてから、わざわざ康の家に来るというのだから、お節介もここまで来ると一つの才能である。
由紀は、フリーランスのライターの仕事をしているらしく、仕事の取材があるので話がまとまるとさっさと帰宅してしまった。
「余計なことは言わないでくれ」
LINEの画面を見ながら、設定をおさらいしている優香に康は疑うような眼差しを向けた。
この目の前にいる男は、優香のことを一ミリも信用していないのだ。
それもそのはずだ。
自分の土地を狙う女の手先なのだから。
「大丈夫です。設定をしっかり確認しておきますので」
優香は愛想よく答えたが、康の態度は変わることはなかった。
美智子が到着したのは、六時を過ぎた頃だった。
「あらあら、恋人ができたというのは本当なのね」
どうやら、康は長年恋人を作っていないようだった。
それを美智子は随分と心配していたらしい。
「大丈夫だよ。美智子おばさん。もう私も子供じゃないんだ」
優香に向けていた冷たい表情とは、打って変わって、愛想のいい表情を浮かべる康に優香は心の中で「この二重人格」と呟いた。
「まあまあまあ!康ちゃんが、こんな風に言うなんて。優香さんだったかしら。素晴らしい人じゃないの」
美智子は、安心したような表情を浮かべて、優香と康の表情を交互に見比べた。
本当はあなたの甥っ子の土地を手に入れるために、擬似恋人を演じているような女であるのに、心の底から安心したような表情を浮かべられるとひどく良心が痛んだ。
「で、いつから一緒に暮らすの?」
散々、出会いから付き合うまでの過程を聞き出した後、突然の美智子の言葉に、康が飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「まだ、彼女とは付き合ったばかりなんだ。そんな早急に一緒に暮らすつもりはないよ」
「何を言ってるの。華ちゃんだってあなたはいるし、デートなんかなかなかできないでしょう。もう一緒に住んで、結婚の準備をしてしまいなさいよ」
完全に、伯母さんのペースだ。
「あの……」
優香が口を挟むと、美智子は「ねえ、そう思うでしょ。優香さん」と同意を求めた。
「今は、仕事を頑張りたくて、康さんに私の方が、まだ一緒に住むのは待ってほしいってお願いしてるんです。いたずらに華ちゃんの生活ペースを乱してもいけないですし」
優香は、別室でおとなしく遊んでいる華のことを想像しながら答えた。
康と華は、親子なのだろうか。
片親で、新しい継母が一緒に暮らすというのは、非常にセンシティブなことである。
ある日突然、自分の生活スペースを侵される気持ちは、優香は痛いほどよく知っていた。
「華ちゃんのことまでしっかり考えてくださっているのね」
「大事な家族を壊すようなことはしたくないですから」



