「冗談も休み休み言え」
佐々木は本気で怒っているようだった。
優香だって、好きでもない男と恋人の真似をしたい訳ではない。
最後の頼みの綱なのだ。
このまま帰ったところで、職場に自分の居場所はない。
「冗談じゃなさそうだけど」
助け船をだしてくれたのは、由紀だった。
由紀は「ほら、華ちゃんも向こうで頷いているよ」とこっそり様子を見守りに来た華を指さして自分が出した妙案を押し通そうとした。
「このままだと、本当に帰れないんです。お願いします!」
土下座をしそうな勢いで言う優香に、佐々木は深いため息をついた。
「どうなっても知らないからな」
うんざりしたような表情を浮かべる康に、優香はありがとうございますと頭を下げた。
我ながら大それたことをしてしまった。
佐々木の家、いや屋敷とも呼べる大邸宅で茶の間でソファーに腰掛けた時、ようやく冷静になった優香は自分の起こした行動について自覚した。
「で、出会いはいつにする?今日出会って付き合いましたじゃつまらないもんね」
楽しそうに由紀は、無理矢理作ったLINEグループに「出会い:」と記載した。
「一年前っていうのはどう?カフェでお茶している優香お姉さんに、康ちゃんが一目惚れしたの」
華がウキウキした様子で、由紀に提案した。
「お、いいね」
「でね、愛の告白には、真っ赤なバラの花束をあげたのよ」
「ロマンチックだね~」
疑似恋愛する本人達を余所に、由紀と華で勝手に盛り上がっている。
「悪いが、俺は告白する時にバラの花なんかやったことねーぞ」
うんざりした表情を浮かべて、康が口を挟んだ。
「それだけ本気だってことだよね。伯母さんもビックリするよ」
由紀は完全に調子に乗っている。
優香と康のスマホにメッセージを告げる振動が、鳴った。
メッセージを開くと、「出会い:カフェ。告白:赤いバラの花」と書かれていた。
完全にナンパな男につられた女だ。
「ひどいな……」
ボソッと呟く康が面白くて、優香は口に手を当てて静かに笑った。
その様子を見て、康が優香に「お前も他人行儀な表情浮かべてないで、考えろ」と言った。
「えっと……。佐々木さんは、普段どんな風に告白されるんですか?」
真剣な表情を浮かべて、スマホのメモ画面を開きながら質問すると、由紀が腹を抱えて笑った。
「告白のシーンはいいんだよ!」
公開処刑するのをやめろ。と言わんばかりに、語気が荒くなる。
「康ちゃん。彼女には優しくしないといけないのよ」
華の注意が入り、佐々木もとい康は「趣味とか、他に一緒にやってることとか決めないとだろ」と改めて言い直した。



