「ちょっと、待っててね」
少女は言葉通り、玄関まで優香を連れてくると、佐々木を呼びに家の奥に消えて行ってしまった。
六畳ほどある広い玄関の隅で、小さくなっていると、少女が佐々木ともう一人の男性を連れて優香の元に戻ってきた。
「ほらね。元カノさん」
「華。この人は恋人じゃなくて……」
散々門前払いしてきて、バツが悪いのか佐々木は口ごもった様子で、華と呼ばれた少女に、知らない人を家に入れたらだめじゃないかと叱った。
「でも、この人ずっと困っている様子だったから」
「また監視カメラをこっそり見たんだな」
「ごめんなさい」
落ち込む華に、佐々木はぎゅっと抱きしめた後「部屋に戻ってるんだ」と言った。
少女が部屋に戻ったのを確認すると、佐々木は玄関の隅で成り行きを見守っていた優香のことを見据えた。
「で、何度も断っているはずだが、何の用だ?」
華にかける言葉とは、声の色もトーンも全く違っていた。
冷たい視線が、針のように優香の身体に突き刺さる。
「いえ、あの。社長より、理由を聞いてきて欲しいと……」
「理由を話す義理はない。これ以上用がないのであれば、帰ってくれ」
「ですが、私の席がなくなってしまうんです……!会社をクビになったら!」
言いながら、交渉も何もないと優香は、先ほど自分の中に生まれた惨めな感情が蘇ってくるのを感じた。
「お前がクビになろうが、俺にとってみればどうでもいいことだ」
佐々木が言うのと同時に「まあまあ。落ち着きなって。康」と様子を見守っていた男性が、優香と康の間に入ってきた。
「お前には関係ないだろ。由紀」
「関係ないけどさ。彼女の顔見てごらんよ。顔真っ青だよ。少しくらい優しくしてあげてもいいじゃない」
「お前は、女には誰にでも甘いからな」
「康は、女性にも手厳しすぎるんだよ。だから、お見合いなんて、めんどうなことをしなくちゃいけないはめになるんだろう?恋人もいないからって、君の伯母さんが勝手に動いているんだから」
「由紀」
「あ、そうだ。この子に疑似恋人でもやってもらえば?この後、伯母さん来るんだろう?そうすれば、あんな面倒なお見合いをやらなくても済むし、この子も君と一緒にいるチャンスが出来て、お互い万々歳じゃないか!」
突拍子もない提案を出してきたので、ここがチャンスだと思った優香は佐々木が「何を馬鹿なことを」と言う前に「やります!」と大きな声を出した。
父が守った会社を、こんな形で失ってしまうことだけは避けなくてはならない。



