佐々木が帰った後のまきの態度は見るに堪えないものだった。

 スタッフに何人か八つ当たりをし、優香に怒鳴りつけた。
 
 もう一つのまきが経営している会社に彼女が戻った時には、スタッフ全員が安堵のため息をこぼすほどだった。

「よし。仕切り直しで仕事をしよう」

 誰かの声でその場にいた全員が深く頷いた。

 午後になった時、優香は課長から呼び出された。

「社長から電話だよ」

 一体何の用事なのだろう。私用であれば、優香のスマホに電話がかかってくるはずだ。

「わかりました」

 優香は、電話の外線ボタンを押して、まきからの電話を受け継いだ。
「遅いわ。何分待たせるつもりなの?」

 受話器から苛立った声が聞こえてくる。

「遅くなりまして、申し訳ありません」

 謝罪の言葉を入れると、まきは「あなたにやってきて欲しい仕事があるのよ」とメールを送ったのでその場所で交渉をして来いと言い放った。

 優香はまきからのメールを確認すると、そこには佐々木康の自宅の住所が記載されていた。

「これって……」

「育ててきた恩を今すぐに返しなさい。交渉が成立しないうちは、出社しなくていいわ」

 返事をする前に、電話を切られてしまった。

「一体どんな電話だったの?」

 課長に尋ねられ、正直にまきから言われたことを伝えると、本当に困った人だと苦言をこぼしてくれた。

 しかし、苦言をこぼしたところで交渉に行かないことには、まきは許さないだろう。
 
 優香は今回の交渉の資料をまとめた後、職場を後にした。

 職場から佐々木の自宅はタクシーで二十分ほど先の場所だった。

 アポイントメントを取ろうにも、佐々木は受け付けてくれなかった為、直接家に行くことにしたのだ。

「大きい……」
 
 地主だからとある程度予想はしていたものの、あまりの敷地の大きさに優香は圧倒されていた。

 これだけ大きな土地を所有しており、尚且つここら辺近隣は全て佐々木の土地だというのだから、一体どのくらいの財産を所有しているのだろう。

 まきが狙っているのは、その一部ではあるものの、そこには閑静なアパート街があった。

 まきと建設会社の作戦では、そこに高層マンションと大手のショッピングモールを建設したいとのことだった。

 確かに、この仕事が成功すれば、父の不動産会社の懐も潤うところだ。

 何度かインターフォンを鳴らしてみたものの、その日は佐々木から門前払いをされて終わるだけだった。