「啓ちゃーん!もうだめだよぉ。仕事やめたい…」

帰宅早々、紫織がリビングのローテーブルに突っ伏して泣き言を言い出した。

『どうしたんだ?仕事で失敗でもしたか?』

啓一は今日もパソコンで仕事をしている。

「そう!その通り!それで課長にめちゃくちゃ怒られちゃって…。
情けないやら怖いやらでもうメンタル終わった…」

『その失敗はリカバリー出来たのか?』

「先輩とか同期の子に助けてもらって何とか…」

『なら別に良いだろう。人間なんだから不備があるのは当然だ。多大な不利益が生じる失敗ならともかく、数時間で対処可能な失敗なら次回同じ事をしなければ良いだけの話だ』

「そりゃあそうだけど…。うぅ。思い出しただけで泣きそう…しばらく引きずるわこれ…」

『心配する必要はない。人間の脳は忘れるように出来ている。使わない情報は削除されて新たな記憶に書き換えられる。仕事で発生したリカバリー可能程度のミスを長期間完全に覚えておく事は不可能に近い』

「うん…。確かにそうかも…」

『理解できたらしょぼくれてないで、テレビをつけたらどうだ?毎週見てるドラマが始まる時間だぞ』

「え!?やばっ、ほんとだ早く見ないと!」

紫織は慌ててリモコンを手にしてテレビの前に座った。

紫織の記憶は、少しずつ楽しみにしているドラマに上書きされていった。