「ただいまぁ~…」

紫織は帰るなりソファに座り込んだ。

『お帰り。お疲れさん。夕飯は冷蔵庫に入っている。風呂は適温に沸いている。入浴剤が必用なら入れてくれ』

ノートパソコンを開いて持ち帰りの仕事をしていた啓一は画面を見つめながら声をかける。

「ふぅ…。お風呂行かなきゃ…」

『どうしたんだ?今日はやけに疲れているが』

「いや、仕事も忙しかったんだけど。実は、仲良い同期の子…なっちゃんって言うんだけど、辞めるかもって…」

『へぇ。そうなのか』

「うん。それで今日色々喋ってたんだけど、寂しくなっちゃった…」

『紫織と同期と言うことは5年目だろ。なぜ辞めるんだ』

「それがね、その子の課に後輩だけど上司の人がいるらしいの。出世したエリートらしいんだけど、その人に指示されるのがどうにもプライドが傷ついて悲しくなるんだって」

『そうなのか?それで辞めるとはもったいないな』

「私もそう思うよ。すごく仕事できる子だし…。でも周りの目もあるし…その子の言い分も分かる気もする」

『だが、年齢なんてただの記号に過ぎない。その後輩がたまたま先に昇進しただけの事だろ。上を目指すのは結構なことだが、周りと比べてばかりだとモチベーションが下がってしまい結果として業務が円滑に進まなくなる』

啓は紫織の方にちらりと視線を向ける。

『紫織の同期の子は年下に付きたくないと言う心の狭さを恥じるべきだな。それぞれの個体の能力向上には時間差があって当然だ。早ければ優れているわけではない。後から卓越した能力を発揮する者もいる。従ってそこに優劣は存在しない。』

「そっか…そうだよね。明日伝えてみるよ。ありがとう啓ちゃん」

軽く頷くと啓一はまた画面に視線を戻した。

紫織はさきほどより少し心が軽くなったので鼻唄まじりにお風呂に向かった。

(明日会社で会ったら啓ちゃんの言葉を伝えてみよう。私まだまだなっちゃんと一緒に働きたいもの)

そんなことを考えながら沸いている浴槽にとっておきのバスソルトを入れた。