『あの場所』

あそこしか思い当たらない。

去年の夏、彼と初めて会ったあのベンチ。

私はグラウンドの端っこの木陰にあるベンチに腰を下ろし、あの夏の出来事を思い返しながら彼が来るのを待つ。

「おまたせ」

人のはけたグラウンドに低くて透き通った声が静かに響く。

振り返らなくてもわかる。

王子の声だ。

ゆっくりと声のする方へと顔を向けると、王子が私を見て微笑んでいる。

不特定多数に向ける笑顔ではなく、私だけに向けられた笑顔に自然と頬が赤く染まっていくのがわかる。

「こっち」

王子の左手が私の緊張で冷たくなった右手をそっと握る。

王子は私の手を引いて生徒が普段使う正門ではなく、反対側にある裏門へ私を連れて行く。

裏門を出た所に一台のベンツが止まっている。

「おかえりなさいませ坊ちゃん、理緒様」

スーツを着た優しそうなおじさんが車のドアを開けて待っている。

「ただいま」

王子が自然に言葉を返す。

「乗って」

王子に促され、スーツの人にお辞儀をしてから慌てて人生初のベンツに乗り込む。

続いて反対側のドアから王子が乗り込むと、スーツの人は優しくドアを閉めて運転席に乗り車を走らせる。

(待って、私今王子と一緒の車に乗ってる?!)

予想外の展開に頭がパニックになる。

そっと王子の方を向く。

(綺麗な横顔、、、)

王子のくっきりとした顔立ちは夕日を浴びてより一層映える。

思わず見とれていると、王子が私の視線に気づきこっちを向く。

「どこに行くんですか?」

車に乗せられた時からずっと疑問に思っていたことを王子に聞く。

「内緒」

ニコッと微笑む王子。

とっさに下を向くと、王子に渡すために持っていた紙袋が目に入る。

(あ、渡すの忘れてた)

「あの時はありがとうございました」

そう言って王子に紙袋を差し出す。

「開けていい?」

王子の問いにコクンと頷く。

王子は先に手紙を取り出して読み始める。

その様子を無言で見つめる。

「到着しました」

それから少しして車が停車する。

王子が車から降りた後、運転手さんにより私側のドアが開けられて外に出た。

「わぁ、、、」

思わず声が漏れる。

そこには、絵本の中かと思わず錯覚してしまうような空間が広がっていた。

大きなお城のような建物。

真ん中に大きな噴水のある広い庭。

それを取り囲むように植えられた色とりどりの花。

まさに、童話の中のお姫様が住んでいるお城そのものだった。