「全部得心がいった。なるほど、お前が初めあんなに俺のことを嫌っていたのも、お前が俺に対してあんな態度だったのもそういうわけか……」

穏やかな顔でうんうんと頷いている。そのことに逆に私が慌ててぐっと身を乗り出す。

「やっぱり、本当は怒ってますよね?こんなに後出しでずるくてごめんなさい。もし、これを聞いて、私を嘘つきで卑怯な奴だって思ったら……思ったら」

「舞花」

『マイカ』じゃない。確かに『舞花』と聞こえた。

「それ以上言ったら、塞ぐぞ」

「な、こんな真剣な話してる時にふざけないでください!」

「俺は大真面目だが?」

王子殿下ははぁーっと長いため息をつく。

「怒っているとすれば、“そんなこと”くらいで俺の気持ちが揺らぐと思っているお前にだ。驚いていない、戸惑っていないと言えば嘘になるが、そんな大したことじゃない。
そして謝るのは俺の方だ。悪かったな、強引に連れてきて」

「な……」

「なんで、はもう禁止だ。俺はお前が好きで、お前は俺が好きなんだろう?それで十分過ぎるぐらいじゃないのか」

目を細めて口を大きく開けて、くしゃりと笑う。私はその顔を見ながら、肩の荷が下りるのを感じた。

「……転生とか異世界とかを“そんなこと”って言っちゃうのは、世界中……異世界中を探したってあなただけだと思います、よ……っ」

言いながら笑えてきた。どうしてこの人を信じられなかったんだろう。これは、どう考えたって私の方が悪い。

「そう言わせているのはお前だぞ、舞花」

「そっか……ふふ、じゃあ、私がすごいんですかね」

「ふん、調子に乗るな」

いつものふてぶてしい仕草で、彼はそう言って微かに笑う。

「殿下。……今って、私とあなたは何ですか?」

「ん?夫婦、には正確にはまだなっていないから……恋人、か」

「そっかぁ」

私はふわりと笑った。やっと、私は自分に絡みついていたしがらみが全て取れた気持ちだった。

嘘をついている自分と異世界の王子様。そんな2人が想い合ってもいいのか。ずっと感じていた負い目がなくなって、ほんの少しだけ素直になれそうだったから。

「好きです……グイード」

彼の名前を呼んだ瞬間、わかってしまった。

胸がいっぱいになって、幸せで、苦しくて、愛しくて、臆面もなく叫び出したいけど自分だけの秘密にしておきたい───そんなどうしようもない感情。

ごめんなさい。
私は……何を切り捨てても、この人と一緒にいたいみたいです。

床に散乱させた無数の紙片はしつこく残っていた前の世界への郷愁を振り切るもの。

そして結局ポットの横にそのまま置いた紙袋はバレンさんの思いを踏みにじるものだと。わかっていてそれでも……私は彼といたいと思ってしまった。

窓の外が黒に塗り潰される。

ごめんなさい。

その言葉は愛する人との口づけに溶けて消えた。