◇◇
用事があるからと時間を稼いで散々城からの迎えを待たせ、結局城に帰る決心がついたのは夕刻だった。
紙袋を抱えたままグイード殿下の私室の前に立ち、逡巡しながらも扉を叩こうと手を上げた時、衛兵が声をかけてきた。
「貴女がマイカ様でお間違いないですか」
「あっ、はい!」
「グイード殿下から、マイカ様がいらっしゃったらお部屋に通してお待ちいただくようにと仰せつかりました」
「あの、殿下はどこに?」
「執務室にご用事を残されているそうです」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ」
部屋に入ると電気も点いていなかった。沈みかけた陽の光が窓から斜めに差し込んで、至る部分を橙に染めている。
夕焼けの色がどことなく寂しさを呼び起こすのは、どこの世界でも同じらしい。
さすが王子の部屋ともなると簡素ながら台所があった。やはり使われた形跡はまるでないが、一応お茶を入れるための道具は一揃いあるようだ。
私はお湯を沸かし始めた。茶葉がいくつかあるものの、種類の違いがわからなかったので目についた赤いパッケージのものを選ぶ。
美味しい入れ方は知らないけれど、お茶の入れ方自体は何となくなら知っている。今日突然別れてしまったこと、そしてその時顔を背けてしまったことへの謝罪の気持ちを込められればいいと思った。
ポットにできあがったお茶を入れて机に運び、保温用のカバーをかける。それでも王子はまだ帰ってこない。
じっとしているとまた考えてしまいそうだったので、私はうろうろと広い室内を歩き出した。
3人も4人も寝れそうな大きなベッド、身が沈み込むような無駄にふわふわなソファ、綺麗な金の洋燈。どれも私が普通に生活していたら一生手の届かないものだったに違いない。そう考えると不思議な気持ちになる。
何かを壊しでもしたら大変だし、やっぱりじっとしておこう。そう思って踵を返した時、袖が何かに引っかかった。そのせいで数十枚の紙が束になった資料のようなものがばさりと音を立てて落ちる。
「わ、やっちゃった……」
慌てて拾い上げる。目に飛び込んできたのはびっしりと埋め尽くされた文字と一項目ごとに貼られた似顔絵だった。
用事があるからと時間を稼いで散々城からの迎えを待たせ、結局城に帰る決心がついたのは夕刻だった。
紙袋を抱えたままグイード殿下の私室の前に立ち、逡巡しながらも扉を叩こうと手を上げた時、衛兵が声をかけてきた。
「貴女がマイカ様でお間違いないですか」
「あっ、はい!」
「グイード殿下から、マイカ様がいらっしゃったらお部屋に通してお待ちいただくようにと仰せつかりました」
「あの、殿下はどこに?」
「執務室にご用事を残されているそうです」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ」
部屋に入ると電気も点いていなかった。沈みかけた陽の光が窓から斜めに差し込んで、至る部分を橙に染めている。
夕焼けの色がどことなく寂しさを呼び起こすのは、どこの世界でも同じらしい。
さすが王子の部屋ともなると簡素ながら台所があった。やはり使われた形跡はまるでないが、一応お茶を入れるための道具は一揃いあるようだ。
私はお湯を沸かし始めた。茶葉がいくつかあるものの、種類の違いがわからなかったので目についた赤いパッケージのものを選ぶ。
美味しい入れ方は知らないけれど、お茶の入れ方自体は何となくなら知っている。今日突然別れてしまったこと、そしてその時顔を背けてしまったことへの謝罪の気持ちを込められればいいと思った。
ポットにできあがったお茶を入れて机に運び、保温用のカバーをかける。それでも王子はまだ帰ってこない。
じっとしているとまた考えてしまいそうだったので、私はうろうろと広い室内を歩き出した。
3人も4人も寝れそうな大きなベッド、身が沈み込むような無駄にふわふわなソファ、綺麗な金の洋燈。どれも私が普通に生活していたら一生手の届かないものだったに違いない。そう考えると不思議な気持ちになる。
何かを壊しでもしたら大変だし、やっぱりじっとしておこう。そう思って踵を返した時、袖が何かに引っかかった。そのせいで数十枚の紙が束になった資料のようなものがばさりと音を立てて落ちる。
「わ、やっちゃった……」
慌てて拾い上げる。目に飛び込んできたのはびっしりと埋め尽くされた文字と一項目ごとに貼られた似顔絵だった。


