「そうかもしれないですけど、でも」

「心配しなくても大丈夫。死にはしないと言っていたから。マイカも僕らの所に帰ってきたいでしょ?」

「そういう問題じゃ……」

声が途切れた。私は困っていた自分を受け入れてくれたあの村を第二の故郷くらいには思っている。帰りたいかと尋ねられれば帰りたいとは思う。

でも私はもう約束してしまったのだ。彼のそばにいると。

口約束でも……ううん、口約束だからこそ、契約書で結ばれた約束よりもずっと大切な気がしていた。

だから、すぐに返事をすることはできなかった。黙り込んでしまった私にバレンさんが微笑む。

「ここで決断しなくてもいい。とりあえずそれは受け取っておいて。
それでもし、マイカがグイード殿下に薬を飲ませるって決めて、上手く城を出ることができたら……今日の日没後、またこのカフェに来てほしい。僕はずっとここで待ってるから」

私に決定を委ねると、こちらからすれば残酷なことを言っているように感じた。でもじっと揺れる水面を見つめるバレンさんの目がなぜかひたすらに優しかったから、私は声を荒らげることができなかった。

「帰ってきてよ、マイカ」

テーブルに向かって零された短い言葉。それなのに、訴えかけるような響きが私の心を震わせる。

「……どうしてっ……どうしてここまでするんですか。下手したら毒殺容疑とか誘拐容疑とかで逮捕される可能性だってゼロじゃないんですよ!」

もはや諭すような口調の戸惑った私の顔を見て、目尻を下げたバレンさんが可笑しそうにふはっと声を出して笑った。

「それはね、僕もグイード殿下と同じだからだよ」

「同、じ……?」

バレンさんはそれ以上何も言わなかった。話は終わったというように圧がかかった視線が向けられる。

「じゃあマイカ、“また”ね」

ここで待っていると暗に言い残して、バレンさんは目を細めてもう一度私に微笑んだ。