「俺に手をあげる奴なんて初めてだったんだ。お前は俺を、権力者としてでも王族としてでもなく『俺』としか見ていなかった。それが……驚くほど心地好かった。
城に来てからも、何を知っても変わらない。そんな女どこにもいなかった」

こつ、とグイード殿下がもう一歩前に出る。もう二人には拳一つ分ほどの距離しかない。

「好きだ、マイカ。だから俺は、お前自身に選んでもらいたい。ここに残るか……立ち去るか。俺は王になれないだろう。それでもお前は残るのか?花嫁候補のお前は嫌でも渦中の存在になる」

「わかってます」

私は小刻みに頷いた。もう既に毒殺されかけているし、事情を聞けばそうだろうとは思う。

「マイカ……ちゃんと考えてくれ。俺はお前を危険に晒したくない。でもそばにいて欲しいという気持ちもある。だから……お前に決めて欲しい」

私はふんと鼻を鳴らす。本人は気がついたかはわからないけれど、グイード殿下の仕草を真似てみせた。

「出ていく理由がありません。あなたの話も聞けてないですし」

「……お前は優しいから、絶対に引き摺られるぞ。後戻りできなくなる」

「何言ってるんですか。私はただ単にお節介なだけですよ?嫌な時は嫌と言います」

「はっ、そうか……」

くしゃりと金の髪を掻き混ぜる。時折するこの仕草は困った時の彼の癖なのだろう。

「話してやる。俺の……母の話を。王がたった一人愛した王妃の話だ」

グイード殿下はそっと母の肖像画に触れた。

「母───メリアルーラは、王都の食事屋の娘だった。偶然王が視察に出掛けた際に寄ったのがその食事屋で、母にひと目で心奪われたんだそうだ。客に笑顔を振り撒く姿が、まるで太陽のように見えたと。
それから何度も通い、初めは身分差を気にして拒絶していた母も王の想いに心を動かされ、二人は結ばれた。
メリアルーラ・シェバルコは平民でありながら、王の寵愛を受け正室の王妃になったんだ。これは長いシェバルコ王国の歴史でも初めての事だった」