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侍女に案内されてバラ園に入る。ぐるりと一周視線を巡らせても生えていないところはないだろうというほどに一面を埋め尽くすバラはとても綺麗で圧倒される。しかしオーソドックスな色だと思っていた赤のバラが1本も無く、それが不思議だった。

ぽっかりと空いた空間にテーブルが置いてあり、エスメラルダ殿下が優雅に座っていた。

「お、王妃様……」

「あら、いらしたのね。首を長くして待っていたのよ」

こちらにお座りになって、と言われたものの、ドレスの裾捌きが良く分からない。不格好に見えないようにという事だけを考えながらどうにか腰を下ろす。座るだけでも一苦労だ。

「素晴らしいでしょう?私の自慢のバラ園なの」

うっとりとした様子でエスメラルダ殿下は周囲に目をやる。

「はい、とっても。あの……こんなに沢山のバラがあるのに、赤のバラはなぜないんですか?」

こちらを向いた王妃様の顔を見て、しまったと思った。明らかに気分を害した表情を浮かべている。

「私はね、赤が1番嫌いなのよ」

冷たい声にぞくりと背筋が凍る。それ以上に冷え切った碧の瞳は見つめていると射殺されそうなほどだった。

私が息を詰めていると、王妃は先程までの形相は気の所為かと思うほどに、綺麗ににっこりと微笑んだ。

「楽しくないお話はやめにして、お茶会にしましょう」

その言葉を合図に次々と食器が運ばれてくる。陶器のものもあるが、やはり金食器が多い。

カップにお茶が注がれ、皿にケーキが載せられる。

「お先にどうぞ」

王妃がそう言って笑う。有無を言わせぬとはこういうことを言うのか、と思うような圧を感じたけれど、私はシャルキさんの言葉を思い出して首を振った。

「いえ、王妃様より先にいただくわけにはいきません」

数秒視線が交錯して、それでも頑なに動こうとしない私に「ふうん」とエスメラルダ殿下が呟いた。