息を荒らげて立ち止まったのは、暗闇でもわかる美貌の今1番会いたくない人だった。

「こんな所にいたのか……」

ブラウスを肘の辺りまで捲っており、汗で貼り付いた前髪を掻き上げている。

ずっと私を探して走り回っていたのかと思わず胸がときめいてしまって、その考えを即座に打ち消した。まさか、この人がそんな事をする理由がない。

「悪かった」

だからあっさり詫びられて驚いて、私は何も言えずに見つめ返した。

「知らなかったんだ、まさかそんなに……初心だとは」

「……じゃあ初めてじゃなかったらいいって事ですか?」

頬を膨らませて顔を背ける私にグイード殿下は慌てたように正面に回り込んでくる。

「いやっ、そういう訳じゃないが……あの時はお前の素気無い反応に腹が立っていたから……思わず。悪いとは思っている」

「……」

謝るということは、相手に許してもらいたいと思っているということだ。時折何故か、諦めたような彩の無い眼をするこの王子の印象から遠く離れた行動に戸惑う。謝ったりなんてしない人だと思っていたから。

それでつい、私は口を開いた。

「いいです。許します。今回だけです」

ぱっと笑顔になりかけたグイード殿下を遮るように言葉を重ねる。

「その代わり!私を妻にしたい理由をちゃんと話してください。じゃないと私を攫ったのも納得できませんし」

グイード殿下は僅かに逡巡した後、言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で話し始めた。

「……詳しいことは話せないが、俺はお前みたいな『特別な者』を妻にする必要がある。そして世継ぎを作らなければならない。国中にも触れを出していた。『特別な者』を見つけ次第報せるようにと」

それで村長に罰が云々と言っていたのか。怪我を癒す力を持っている私は明らかに『特別な者』だけど、村の人達はそれを報告しなかったのだろう。私にずっと村にいてもらうために。