全身が怒りでわなわなと震えだす。

「・・・ばかな仔犬と同じだって?そうやって昔も今も私のことばかにしているのね。あの彼女と二人で。
帰らせてもらうわ。もうこれだけ笑ったら満足でしょ」

まるで悪夢だ。
4年かけて忘れようとしたことが一瞬であの頃に戻ってしまった。

左手でバッグをつかむと、一万円札を取り出してテーブルに置いて立ち上がった。

「さようなら。二度と呼び出さないで」

櫂は目を見開いて驚いた表情をしていた。
「待て、ちょっと待てって。なんだよ、彼女って。ばかな仔犬って何」

イラっとする。

「言った方は忘れても言われた方は忘れられない。櫂とはもう会わない。二度と会いたくない。もう連絡して来ないで」

ふすまに向かって歩き出した私の手を立ち上がった櫂の大きな手がつかむ。


「灯里、待って。このままじゃ終われない。もう少し話をさせて」

立ち止まって見た櫂の表情は今まで見たことのない焦った顔をしていた。

この人、こんな顔もできるんだ。

他人を置いていくことはあっても置いた行かれることなんてなかったんだろう。
付き合っていた当時、いつも余裕のある顔しかしていなかった。