「下北さん、5分だけ本木さんをおかりできませんか?」
テーブルの書類をビジネスバッグにしまうと櫂が下北さんに頭を下げた。
打ち合わせはもう終わったのだろう。

下北さんは一瞬だけ驚いた表情になったけれど、すぐに元に戻った。
「大和には秘密だよ」

下北さんは「ありがとうございます」と言う櫂の肩をぽんっと叩くと私に軽く目配せをして会議室を出て行った。
私は下北さんの背中に心の中でお礼を言って櫂に向き直った。

「もしかして西倉恭香さんのこと?」
「あー、うん」
歯切れの悪い言い方に何か嫌な感じがする。

「会って謝りたいって言ってるらしい」
「誰が?」

「恭香が、灯里に」

なんで。
あの人が私に謝るなんて嘘でしょう。

それは何かな。櫂にストーカー行為で訴えられた場合、過去の行為を反省してるなんて姿勢を見せて減刑嘆願するためとか?
そんな意地悪なことを考えてしまうほど私の頭の中であの人の態度は謝罪と対極な位置にいる。

「正直に言うと、会いたくない」
「そう言うと思った」

「櫂は・・・会ったの?あの人に」
「いや、弁護士を通してそう聞いただけ。俺も会っていない。もう年単位で」
櫂が遠い目をする。
その心に浮かんでいるのはいつの時点の彼女だろう。

家庭教師をしていた頃。
カレカノとしてお付き合いをしていた頃。
同僚の彼女の友人として再会した頃。
ストーカーもどきに付きまとわれた頃。
そして、今---?