冷たいキスなら許さない

「と、とにかく泣き止んで」

傍らのティッシュペーパーの箱から何枚か引き抜くと、覗き込むようにして私の顔を拭こうとする。
一瞬ギョッとしたものの仕草は父親が子供にやるようなもので。ああ、下北さんって娘さんを持つお父さんだったっけと思い出した。

この人にとっての私って、女性じゃなくて子どもと同列なんだなと思う。
だからといって急に涙が止まるわけでなく。

でも、さすがに27歳の女が上司に子どものように顔を拭かれるわけにもいかない。

ティッシュペーパーを奪うように受け取って自分で拭うと下北さんも自分のしようとしていたことに気が付いて「あああ、ごめん」とさらに慌てだした。

「ごめんね、俺って最悪だ」
ホントですよと思っていると、廊下をバタバタと走る音が聞こえたかと思った途端にバタンと会議室のドアが勢いよく開かれた。

「灯里の緊急事態って何!?」

大声と共に飛び込んできたのは大和社長、その人で。

少しだけ後ろに流した髪の毛が乱れているし、慌てて来てくれたのがわかるけどーーもうカナダに行ったんじゃなかったの?
ーーーていうかどこにいたの、この人。