「すみません、今夜はもう連れて帰ってもいいでしょうか」
私の肩を抱いてくれていた社長が声を出した。

「こいつも疲れているし、大きな被害がない以上訴えると言っても、こっちも公表してイヤな思いをする二次被害を受けなきゃならなくなる。コイツにとっては大きな負担になると思います。その辺を含めて私から話をしますから、今夜はこの辺にしてもらえませんか?」

「そうね、悪かったわ。うん、早く休んでちょうだい。ここから厚木に帰るには遠いでしょう。近くにホテルを取りましょうか」
副社長は私の様子をうかがうように問いかける。

「いいえ、大丈夫です。厚木に帰ります」
副社長の申し出はありがたいけれど、落ち着ける場所に帰りたい。

「私が連れて帰りますから心配には及びませんよ。タクシーを呼んでいただくだけで結構ですから」
大和社長が力強く言い切ると副社長も「わかったわ」と大きく頷いた。

副社長の目配せに部下の男性が頷いて部屋を出て行く。

ほんの5分ほどでタクシーが到着して、櫂とは会話をすることなく私たちは他の招待客よりひとあし早く会場を後にした。