「さて、そろそろお開きにしましょうか。男性陣がみんな酔い潰れると連れて帰るのが面倒だから」奥さまが立ち上がると同時に襖の向こう側から声がして女将が入ってきた。
その中に私がいるのを見て女将は驚いたように一瞬目を見開いたけれど、何もなかったように表情を戻して穏やかに挨拶をしている。

あの表情を見れば、女将が本当に私がフォレストハウジングの社員だと知らなかったってことがわかって安心した。私に気をつかった結果の依頼じゃない。

「あー、僕たちもう酔っぱらってるから仕事の話はしないでー」とご機嫌な東山氏が女将に言っている。

「もちろん、わかっておりますよ。皆さんのお邪魔になるようなことは申しません。こんなご機嫌な東山様を見るのは久しぶりでございますし。ね、奥さま?」

「ええ、本当にね。森社長のおかげですわ。しばらく文句言わずに働いてもらえそう」
女将と奥さまは笑い合っている。イースト設計の社長夫妻と女将がかなり親しい関係らしいのがよく分かった。

それから女将は意味深な笑顔を私に向けて深く頭を下げた。
この場であの時の話をしないのはさすがだ。