ため息の海で溺れそうになった頃、私たちを乗せたタクシーが約束の料亭に着いた。

前回にように和服姿の女性にうながされてかなり上等な部屋に案内される。
東山氏は先に来ていて女将と母屋にいるのだと説明があった。
程なくして廊下に足音と話し声が響き、私たちは背筋をのばす。
さあ、建築界の至宝、東山氏のお出ましだ。


「やあ、森社長お待たせしました。いきなり誘ってしまって申し訳ない」

ニコニコと笑顔で入ってきたのはジャケットに白のカットソー、カジュアルなファッションに身を包んだ50代の素敵なおじ様だった。

この人が東山正幸なんだ。

正直なところ、55歳ってもっとおじさんかと思っていた。うちの父親とほぼ年齢は変わらないのに若々しく見えるのはどうしてだろう。

東山氏はひと前に出るのが大嫌いで取材もお断りだとネット記事で読んだ。
建築デザインの受賞歴も多いけれど、本人はほとんど顔を出さず授賞式にはビジネスの片腕でもある奥様が代理で登壇していると書いてあった。

そんな人とこんな形で会うことになるとは。

ちょっとくせ毛の髪を後ろに流し、太めの眉につぶらな瞳。カッコいいというよりソフトな印象のなかなかのイケメン。表舞台に立たないのが残念な感じ。
それともマスコミを避けるのはビジュアルが良すぎるからなのか。