駅の休憩所(と言ってもすっごい小さい駅だから休憩所しかないんだけど)で、リュックとキャリーバッグを隣に置いて、もってきた本を読みながらお迎えを待つ。
私はよく本を持ち歩くんだけど、友達はそれが珍しいみたい。
"今ならスマホでなんでも読めちゃうのに"って首を傾げながら言ってくる。
だけど私は、このページをめくる感覚が好きなんだ。めくればめくるほど、物語の中に入っていける気がして。
気づけばどんどん読み進んで、もう少しで読み終わりそうになっていた。そんな時、
「あの、夢結ちゃん?」
「ひぃ!?!?」
突然肩をトントンされて、声をかけられる。人の気配を全く感じていなかった私は、大声を出して飛び上がった。
「あっ、ごめんね!? 何回か声掛けたんだけど全然気づいてくれなかったから」
まだ心臓がバクバクしている私にそう言ってその人は困ったように頭をかく。
広い肩幅に、少し焼けた肌、パッチリした目が印象的な人だった。
「あの、すみません。どちら様ですか?」
無人の駅に、男と女。
それにこの人、私の名前を知ってる。
今度は違う意味で心臓がバクバクしてきた。
(どうしよう、ストーカー、とかだったら)
出入口はその人で塞がれてるし、何かあったら逃げ場がない。大声出したって誰もいないし……。
どんどん嫌な方に考えが広がっていく。
せめてなるべく距離を取ろうと後ずさった、その時。
「えっ、と、夢結ちゃんのおばあちゃんに頼まれて迎えに来たんだけど?」
……。
「おじいちゃんでも、おばあちゃんでもないじゃん……」
シーーン。とした空気が一瞬流れてすぐ。その人が楽しそうに肩を震わせて笑った。
「っは、ははっ! でもおばあちゃんとはお友達だから! ごめんごめん! ちゃんと言わなかった俺も悪いよな」
「あ、いや、勝手にお年寄りの方が来ると思ってたので……」
どんどん自分の声が小さくなっていく。
頬に熱が集まったのを感じて、俯いて自分のつま先を見た。多分私の顔真っ赤だよね。
(は、恥ずかしすぎて死にたい……!)
「じゃ、おばあちゃんの所まで行こうか」
自分の勘違いと、笑われた事が恥ずかしくてフリーズしてしまった私のリュックとキャリーバッグをいつの間にか片手で持って、空いた手でひょいひょい、っと手招きをする。
「あっ、すみません! 」
慌てて駆け寄って荷物を取ろうとすると、どうせ車に乗せるから、ってそのまま持ってくれた。
隣に立つと、身長もすっごく高い事がわかった。荷物もけっこうあるのに軽々と持っててなんだか
(かっこいいな)
なんて思ったりした。
少し歩いて駐車場につくとそこには銀色の車体に"定食屋 リーベ"と書いてあるバンが1台。
「荷物は後ろに置くから、夢結ちゃんは助手席に座ってね」
鍵を開けながら、その人はそう言う。
(名前。名前聞かなきゃ話しずらいよ)
「えと、お名前、教えて貰えませんか?」
「あっ! そうだ! 話しずらいもんな」
荷物を後ろの席に置いてから、ニカッと気持ちのいい笑顔を浮かべてこっちをみる。
「俺は、京 凪斗(かなどめ なぎと)。定食屋やってるんだ。よろしくね!」
「京さん?」
「そ! 京! へんな苗字でしょ〜」
楽しそうに笑って、京さんは助手席を開けると、「どうぞ、見た目はこんなんだけど乗り心地はリムジン並だから」なんて言う。
「乗ったことないけどね」
「ぷっ、なんですかそれ!」
「おっ、笑うともっと可愛いね!」
京さんにとっては、何気ない一言だったのかもしれない。
けれど私はそう言われた瞬間、胸がトクン、といつもより高鳴ったんだ。
