さあ、再び走り出した勇者に向かい風は容赦なく吹き付ける。
だが今度は先ほどのようなヘマはしない。
住宅街ということもあり周りは民家ばかりだ。
民家の柵に掴まり慎重に進んでいく。

少し慣れてきて60メートル程まで来た時、向かい風は攻撃方法を変えてきた。
街路樹の葉を飛ばしてきたのだ。
まだ残暑が残る9月とはいえ暦上は秋である。
強い風を起こせば木の葉を飛ばす事は容易い。

「小癪な!」

眼前から迫る風の塊と視界を覆う木の葉が勇者の進行を邪魔した。
なんとか10メートル程は進んだがこれでは埒があかない。
大通りまではまだ40メートルもある。
そんな時勇者の視界にとあるものが映った。

2軒先の民家の庭にプールバックが干されているのだ。
恐らく台風が来る前に家に入れ忘れたのだろう。
洗濯バサミで止められたそれは今にも飛ばされそうである。
と思った次に瞬間にはもう空を舞っていた。

勇者はそれに手を伸ばす。
中を確認すれば目的のものに思わず笑みが漏れた。
どうやら神は勇者の味方をしてくれるらしい。

「てれれれっれれーっ!勇者はゴーグルを手に入れた!」

もはや自分を勇者だと思い込み始めた彼は自らゲームのようなアナウンスをすると満足げに前を見据えた。
そうこれは拾ったものであり断じて盗んでなどはいない。
目をなかなか開けられなかった先程とは打って変わり視界は良好である。
そのまま一気に残り40メートルの距離を進んだ。

さて、勇者は無事ミスタードーナツにたどり着くことができるのだろうか。