「母さんとな、約束したんだよ」

 その言葉に私はゆるゆると顔を上げる。いつ見る厳格な父の面影はなく、どこか寂しそうで切なそうな表情だった。

「もし自分になにかあっても、どんなことがあっても警察官としての役目を果たせって。あなたはそれができる人なんだからって」

 初めて語られる話だった。今まで父から母の話を聞く機会などほとんどなかった。

「車を運転していた犯人を憎んだ。落ちてくる月を恨んだ。自棄を起こしそうにもなった。でもな、母さんとの約束があって、ほのかがいたから父さんはここまで生きてきたんだ」

「私、お父さんにあまり好かれていないと思ってた。お父さんはいつもまなかの方を可愛がっていたし」

 予期せぬ本音も思わず漏れ、父は虚を衝かれたような顔になる。それを受け、珍しく動揺しているのが伝わってきた。

「誤解だ。父さんは、ほのかもまなかも同じように大事に思っているよ。ただ……まなかは母さんに似ていて、ほのかは自分に、父さんに似ていたから」

 父から飛び出た言葉に、今度は私が狼狽える。そこで一区切り入れるた父は顎を触りながら、続きを悩んでいるように見えた。

「父さんもどちらかといえば人付き合いが苦手で、自分からあまり誰かと関わっていくのは得意じゃない。だから、ほのかが人間関係で悩んでいるって母さんから聞いたときは、痛いほど気持ちがわかったよ」

 母になにげなく愚痴をこぼすように人間関係について相談した覚えがある。上手く振る舞えない自分に嫌気が差すって。

 それからしばらくして非番で家にいた父が突然、私の部屋のドアをノックして顔を出した。