バイバイまたね、クドリャフカ

「しかも、こちらは神経すり減らしてピリピリしているのに子どもは無邪気でね。本当にいつも通りなんだ。逆に、どうして自分は幼稚園に行かないのか、どうしてお父さんは家のいるのかって質問ばかり。そんなとき、混乱した都心部の様子がテレビに映し出されているのを家族で見てね。娘に言われたんだよ。『パパは警察官なのになんでみんなを守らないの?』って」

 私はぎゅっと唇を結ぶ。奥にいる父はなんとも言えない面持ちだ。対する飯島さん力強く続けた。

「だから決めたんだ。むしろ娘の望む通り、最後まで普段通りのままでいようって。娘にとって俺は警察官で正義の味方だからね。それに妻にも『もし地球が助かったら、あなた無職のままどうするの?』なんて言われてさ」

 思わず笑ってしまいそうになる。飯島さんは、ちらりとうしろにいる父に目を遣った。

「ちょうど紺野さんがほぼひとりで、このエリアを担当して奔走しているっていうのも聞いてね。俺はなにしてるんだろうって情けなくも思ったよ」

「そんなことないだろ」

 父がすかさず口を挟む。飯島さんは父に向って軽くお辞儀をすると、再び私に笑顔を見せた。

「ま、いざ月が落ちてくるってなったら、なにを差し置いても俺は家族の元に帰るけどね。それくらいの時間はあるさ」

 冗談混じりの口調だけれど、本気だと感じた。続けて飯島さんは笑顔を収め、真面目な顔で父に告げる。

「では、さっき話していた木田《きだ》さんの家に行ってきます」

「わかった。暗くなったし気をつけろよ」

「はい」

 そう言って飯島さんは派出所を後にした。私と父のふたりになると、あっという間に静寂が舞い降りる。