バイバイまたね、クドリャフカ

「父さんの部下の飯島(いいじま)だ。娘さんが生まれたとき、家族でお祝いを持って自宅にお邪魔したんだ。覚えているか?」

 私は自分の記憶を辿り、ぎこちなくも頷いた。飯島さん本人はともかく、たしか小学生の頃に家族で赤ちゃんを見にいった覚えはある。

 ベビーベッドでぐっすり眠る赤ちゃんを見ながら、まなかと『可愛いね』と言い合った。

 すると母が『あなたたちもこんなに小さくてとっても可愛かったのよ』と話してくれたような。

 優しい記憶に胸が軋む。それを振り払うようにして、我に返った。

「今日はどうしたの? お父さんに用事があったのかな?」

「はい、あの。でもまだお仕事なら……」

 飯島さんに尋ねられ、私の返答は尻すぼみになる。私の不安を吹き飛ばすように飯島さんは笑ってくれた。

「いいよ、大丈夫。それに紺野さんには今まで随分と負担をかけてきたから。俺も現場に戻ってきたし、ほかにもそういう連中が何人かいるから、これからは前より家に帰ってもらえると思うよ。ほのかちゃんにも迷惑かけてごめんね」

 飯島さんに切なそうに謝られ私は首を横に振った。

「どうして、戻って来られたんですか?」

 つい口が滑る。なかなかデリケートな質問だし、この場でするようなものじゃない。相変わらずすぐに気持ちをストレートに口にする自分に嫌気が差した。

 しかし、飯島さんは嫌な顔ひとつしない。

「最初はね、もうどうせ世界が終わるなら最後まで家族と過ごそうと思ったんだ。だから仕事も放棄して、安全だって言われるヨーロッパへの移住も考えた。でも信憑性も低いし、実際は難しくてね」

 苦笑して飯島さんは、わずかに視線を落とす。その表情は穏やかだ。