「私、妊娠がわかって、彼がいなくなって、どうしようってずっと不安でした。つらいこともたくさんあったから。でもこの子がいるから、ここまで生きてこられたんです」

 そう語る理恵さんの笑顔は、もうすっかりお母さんの顔だった。

 一年以内に地球が滅びると聞いて、誰もが未来を奪われたと思った。思い描いていた夢は、叶わずに消えるだけなんだって。

 世界が終わりを迎える間際になり、多くのものを失っていく。それは物であったり、大切な誰かだったり、信念やプライドという曖昧なものかもしれない。

 そして月の落下が伝えられ、露になっていく人間の醜い部分ばかりを見ていた。他者を押しのけてでも自分が一番という人が多くて、争いも絶えない。

 私を含めて人は弱いのだと思い知らされた。
 
 だから人間関係を上手く築けない自分は、誰も信じずに関わらないのが最善だと思った。部屋に閉じこもって勉強で現実逃避をした。

 ところが今、私の目の前にいる人たちは、みんなほぼ初対面で他人なのにも関わらず、それぞれなくしたものを補い、支え合っている。

 人ってこんなに優しかったんだ。
 
 それから他愛もない会話を再開させる。終始和やかな雰囲気とは言えないけれど、こうして誰かと食卓を囲むなんて久しぶりだった。

 キャンプみたいで楽しい、という感想は不謹慎かな?

 世界の終わりとか、月が落ちてくるとか、そんな話題はもう出てこない。笑い声も聞こえてくる。ただ私はその一方でずっと自分のお母さんやお父さんのことを考えていた。