バイバイまたね、クドリャフカ

「あんた、名前は?」

「石津理恵です」

「ああ、東島(ひがしじま)の石津さんのとこかい?」

「はい」

 谷口さんは合点がいったという顔で今度は素直に笑う。目尻の皺を増やし目を細めた。

「おー。ってすると、あの小さかった女の子があんたかい。覚えてるよ。ご両親は元気かい?」

 理恵さんの顔が曇り、私は勝手にハラハラと成り行きを見守る。控えめの声の理恵さんの声がさらにすぼめられる。

「……父も母も亡くなりました」

 小さいけれど凛とした声は全員が聞き取れた。

 無関心だった宮脇さんもさすがに反応して、口に運ぼうとしていた肉を皿に戻す。そしてじっと理恵さんに視線を送る。

 沈黙を受けてか、理恵さんはゆっくりと語りだした。

「月が地球に落ちてくる可能性が高いって報道されて、両親は私に会社を辞めて実家に戻ってくるように言ってきました。でも私は半信半疑で……仕事もあるし、すぐに帰るのは無理だって取り合わなくて」

 一つひとつを思い出すような、後悔を乗せた声色だった。私は自然と自分の手を強く握る。

「あの頃は電話もインターネットも繋がりにくくなっていましたから、直接話そうとしたのかもしれません。それで私を車で迎えに来ようとして両親揃って事故にあったんです」

 『月が地球に落ちてくる』

 そのニュースが世界を駆け巡ったとき、大半の人々は冷静さを失った。混乱と動揺により、多くの場所で事故が相次ぎ殺人や強奪なども増えた。

 国民的アイドルが『月に殺されるくらいなら自分で命を終わらせる』というセンセーショナルな遺書を残し自殺したことで、自殺者も後を絶たなかった。

 たくさんの人が亡くなる日々で報道も追いつかず、正確な数も出来事も知らない。あまりにも死がありふれて感覚が麻痺しそうになった。