「おい」

 そこで一際低い声が響き、驚きで飛び上がりそうになった。目の前の男のものではない。だって聞こえてきたのはうしろからだった。

 おそるおそる顔だけそちらに向けると、ものすごい光景が飛び込んできた。

 白い髪は短く刈り上げられ、険しい表情をしている男性が、じりじりとこちらに近づいて来ている。さらに目を引くのはその格好だ。

 男性はビニールタイプのエプロンをしているが、そこにははっきりと血痕のようなものがついている。

 さらに彼は斧のような鉈のようなものを持っていた。

『ここらへんジェイソンが出るんだから』

 ふと理恵さんの台詞が脳内で再生され、私の心拍数を上昇させる。この人は、いったいなにをしていたんだろう。そして、なにをするつもりなの?

『大きな斧を持った血まみれの男が『なにをしているんだ?』って声をかけてくるのよ』

「なにをしてるんだ?」

 他者を威圧するような声、鋭い眼差し。それは店内を荒らしていた男性だけはっきりと向けられている。

 私や穂高の存在なんてまるで無視だ。さっさと私たちの横を通り過ぎ、彼は男性へと距離を縮めていく。

「な、なんだよ、お前は!」

 持っていた商品を手から落とし、男性は狼狽えだした。

「それは必要としている人間がほかにもいる。置いていけ」

 あくまでも冷静な声に対し、男性は喚き散らした。

「命令すんな! しょうがねぇだろ。地球が滅びるとか知らねえけど、その前に飢え死になんて俺は御免だ!」

 子どものワガママのような主張に初老の男性は鼻を鳴らす。