「大丈夫。綺麗なだけの人間なんていないよ。なんだっけ。聖人君子? じゃあるまいし。だからいいんだよ。悩んで迷って出した答えは、どんなものでもきっと意味があるから」

 穂高はそう言って私の手を再び取った。指先が大きな手に包まれる。

「俺はさ、ほのかがここにいてくれて嬉しいよ。なんたって奇跡なんだろ?」

 最後は軽やかな口調にウインクまで飛んできた。

『私がここにいるのは、ある意味奇跡なんだからね』

 彼の家で思わず放った台詞だった。でも奇跡ならさっき彼女も言っていた。

『ここで私に会えたのはとんでもない奇跡なんだから』 

 だから、おずおずとつい可愛くない切り返しをする。

「渡辺さんに会ったことよりも?」

 穂高はまるでさっきの渡辺さんとのやりとりなど忘れていたとでもいう表情だ。目を丸くした後で、やっぱり彼は笑った。繋いでいる手を軽く持ち上げ、今度は白い歯を覗かせて思いっきり。

「もちろん。俺にとってはこっちの奇跡の方がとんでもなく貴重だね。だから手放すわけにはいかないんだ」

 貴重なのは、こうして今一緒にいるのが奇跡だと思うのは、私も同じだ。むしろ彼以上にそう感じている。

 誰にも吐き出せなかった自分の心の奥底にある感情を、まさか穂高の前で吐露するとは思ってもみなかった。痛みさえ伴ったけれど、逆にそれが教えてくれた。

 大丈夫、彼も私もまだ生きている。

 伝わってくる彼の手の温もりを感じながら。そんな単純な事実に私はひどく安心した。