バイバイまたね、クドリャフカ

「なんで? こんなチャンス、もうないよ!? ここで私に会えたのはとんでもない奇跡なんだから」

 穂高は詰め寄られながらも笑みを崩さない。

「俺は、特別な人間じゃないからね」

「そんなっ! 安曇くんは十分に才能もあって、他の人にはない特別なものが……」

「それに」

 ここで初めて穂高が渡辺さんの話を遮った。そう大きくない彼の声が勢いのある彼女を止める。そして同じく成り行きを見守っていた私は、急に彼の手によって場の中心に引っ張り出された。
 
「俺には彼女と行くところがあるから」

 私の肩を抱き、にこやかに答える穂高に対し私は渡辺さんと今日初めて目が合った。彼女は綺麗な顔を歪め、まるで親の敵を前にしたかのような形相になる。

 血色のいい唇を噛んで彼女がなにかを発しようとした。

 ところが、その寸前で車のクラクションが鳴り場の意識はすべてもっていかれる。痺れを切らした彼女の父親が乱暴にハンドルを叩いたのが伝わってきた。

「馬鹿じゃないの!?」

 渡辺さんは吐き捨てて、さっさと車に戻っていく。ドアが閉まったのとほぼ同時に車はアクセル全開で、あっという間に消えていった。

 エンジン音が遠くで木霊して、波の音がそれを攫う。あまりにも突拍子もない出来事に私は口をぽかんと開けた。穂高の手が肩から離れ、私はようやく彼に視線を移す。

「……よかったの?」

 どうしてか私は申し訳ない気持ちを抱えていた。