バイバイまたね、クドリャフカ

 多くの人々がどこか安全な場所を求め、家族、恋人、大事な人たちを乗せて食料品や生活必需品を詰め込み走っていくさまは、まさにノアの箱舟だ。

 滑稽だとは思わない。私は、私の家族は逃げ出す気力さえなかったから。

 目線を上にし空を見ると、太陽の光を遮る雲が現れさっきまでいた月も隠している。

「昔からさ、地球に一番よく似ている火星に移住するって話がずっと言われてたでしょ? あれって現実的にどうなのかな?」

 ふと、私は思いついた疑問を口にした。たしか彼もそんな話をしていた。

「なに、ほのかは火星に住みたい?」

「そういうんじゃない。仮に移住できてもそこで生きていけるかは別でしょ」

「そうだね。なら火星以外で考えてみようか」

「火星以外?」

 穂高も空を見つめ、口元を緩めた。

「そう。たとえば木星。自転の早さは太陽系の惑星ナンバーワンで地球が一日二十四時間なのに対し、木星は九.九時間しかない。せっかちにはいいかもね。ただし嵐のような暴風が吹き荒れているから飛ばされないようにしないと」

 どう考えてもそれ以前の問題だ。けれど彼の説明が面白くて、私はつい質問した。

「じゃぁ、一番自転が遅いのはどこ?」

「金星だよ。一日を終えるのに百十二日かかる。ほのかみたいにのんびりさんにはいいかもしれないけど、天気はいつも曇りのち硫酸の雨が降るし、温度は四百六十度にまでなるよ」

「全然駄目じゃん」

 あきれ半分で私は返した。もちろん最初からなにも期待していないし、別の星に真剣に移住なんて考えてもいない。

 でも穂高の言い方は興味というか期待というか、そういうのを抱かせるのが上手いと思った。