バイバイまたね、クドリャフカ

「今の状況がどうというより、もしも本当に月が地球に落ちてくるなら、そのときは肉眼でしっかりと目に焼きつけるべきか、それとも望遠鏡を通して見た方がいいのか、いっそのこと宇宙にでも行って見るべきなのかは悩むところだね」

 足元には大きなトランクが置いてある。やっぱり帰国も考えたのかな。それともそんな予定でもあるんだろうか。

 湧き出る疑問を口にはせず、改めて彼を視界に捉えた。

「今、なにか見えるの?」

「月は見える」

 間髪を入れずに返ってきた答え。それは望遠鏡を使うまでもないんじゃない?

「そういうのじゃなくて、こう……おすすめの星とか」

 勢いのまま続けると彼がぽつりと呟いた。

「アルビレオ、かな」

「アルビレオ?」

 おうむ返しをすると、彼はぱっと明かりが灯ったように血の通ったいきいきとした表情になった。

 そして私の前を横切って壁の天文表を指し示す。

「ちょうど今綺麗に見える時期で、はくちょう座のくちばしにある星なんだ。北十字星とも呼ばれて、それを構成している」

 星や宇宙の話をするとき、彼はいつも子どもみたいに楽しそうで溌剌としている。

 私は余計な口を挟まずに話を聞き入った。まるで先生と生徒。久しぶりに学校みたい。

「ほのか、知ってる? アルビレオは肉眼で観るとひとつの星に見えるんだけど、実はふたつの星が連なってるんだ」

「そうなの?」

 彼は白い歯を覗かせた。見慣れた位置にえくぼができる。