バイバイまたね、クドリャフカ

 今さらながら彼との間に大きな壁を感じる。透明だけれど分厚くて、絶対に越えることはできない。私はおずおずと切り出した、

『今さらだけど、やっぱり私よりも先生に聞いた方がいいんじゃないかな? これからもっと難しくなるし、私の解説はあくまでも自己流で、正確さで言えば……』

 小さな子どもみたいに拗ねた感情だった。おとなげなくて、でも苦しくて。気づけば口にしていた。声にすると今度は痛みさえ伴う。

『うん、でも俺は紺野さんがいいんだ』

 それを彼の言葉が一瞬にして吹き飛ばした。心の靄(もや)がぱっと晴れて、アップダウンの激しい自分の感情についていけない。

 どうして?と聞き返そうとして、やっぱりやめた。だって聞いてもしょうがない。

『でも俺はここにずっといない存在だから』

 さっきの彼の発言。あれはまぎれもない事実だ。彼の居場所はここじゃない。今だけのかりそめのものだ。

『安曇くん、ストレートすぎる言葉はときに誤解を招くよ』

 軽くため息をついて、わざとらしく忠告してみる。私はさっさと席に着いた。彼も椅子を鳴らして腰掛ける。

『そうかな? 俺は自分の気持ちに正直なだけだよ』

 問題集を開きながら彼は告げる。私はもうどう反応していいのかわからなかった。彼は今まで私が接してきた誰とも違っていて、私の知らなかった感情をたくさん呼び起させる。

 ふいっと目を逸らして私はわざとらしく席に着いた。それに倣って彼もいつも通り前の席に座り、うしろを向く。