バイバイまたね、クドリャフカ

 ある日の放課後、教室に残って自習していると今まで会話したことがない安曇穂高が、突然つかつかと長い足を動かしてこちらに一直線にやってきたのだ。

 なにを言われるのかと思わず身構えていると、彼は真剣な表情を崩さないまま私との距離を縮めてくる。

『紺野さん、ちょっと勉強を教えてくれないかな?』

 自分でもすごい顔をしたと思う。まさかの発言が彼の口から飛び出したとき、私は鳩が豆鉄砲を食らったようだった。

『俺さ、日本語というか現国がどうしても苦手で……。だからお願いします』

『や、やめてよ。同級生なんだから』

 律儀に頭を下げる彼に私は慌てる。突っぱねることもできず、ノーとも言えない。そんな気さえ起らなかった。

『なら、OKってことかな?』

 顔を上げた彼の表情はどうもしたり顔だった気がする。私は瞬時にあれこれ思い巡らせたけれど、答えは決まっていた。

『いいよ。人に教えるのも自分の勉強になるしね』

『ありがとう』

 男子に免疫がなく、つい可愛くない切り返しをした私に彼は穏やかにお礼を告げた。

 こうして彼をライバルだと意気込んでいた私は、まんまと彼の罠にはまってしまった。それを後から彼に話すと、『罠じゃないよ』とおかしそうに笑っていた。

 なにはともあれ、それから私たちは互いに勉強を教え合うようになった。

 私の一番の得意教科が現代国語で、どちらかといえばそこまで得意ではないのが英語。彼はその逆だった。だから利害が一致した、それだけ。