樫野さんは相変わらずで、専門は産科だけれど診られる範囲で体調の悪い人を診察している。パワフルさは健在だ。

 そしてつい先日、また谷口商店の前で前回同様のメンバーで焼肉を食べた。あのときの穂高の代わりにお父さんが参加して、最後の晩餐かもしれない、なんてみんなで笑い合った。

 世界の終わりでも、ご飯は食べるし、笑って冗談だって言える。

 けれど穂高だけがいなくて、私の心にはぽっかりと穴が開いたままだ。

「帰ってきて……くれるんでしょ?」

 不安になって漏らした声は震えていた。

 みんな、穂高を心配してたよ? あなたが思っている以上に、たくさんの人が気にかけているんだよ。

 海に向かって訴えかけてもしょうがない。どちらかといえば空にかな。先日も月に向けてのロケット打ち上げ計画が失敗したというニュースが流れていた。

 潮風は肌や髪をべたつかせる。冷たくなってきたのもあり、私は大きく息を吐いてここを立ち去ろうとした。

「ほのか」

 そのとき幻聴が聞こえた。すぐに足元に届きそうな波が現実に戻す。ところが再度彼の声で名前を呼ばれ、それははっきりと耳に届いた。

「ほのか!」

 辺りを見渡せば、いつか私が彼を追いかけてきたときのように堤防の階段を下りてこちらに向かってくる人物が目に入った。

 嘘――。

 信じられない気持ちで、瞬きひとつできず私は固まる。しばらくして近づいてくる存在が幻ではないと悟り、私は彼の元に駆け寄った。

 足がもつれそうになりながら、手を伸ばせばすぐに届きそうな距離まで詰め寄る。彼は穏やかに笑った。その笑顔は私の記憶の中のまんまで、変わっていない。