バイバイまたね、クドリャフカ

 足を一歩踏み出したところでかすかに風がそよいで頬を撫でる。誰かに呼ばれた気がして私はなにげなく振り向いた。

 そして、たった一瞬の出来事に私は大きく目を見開く。

 お母、さん? まなか?

 道路を挟んで斜め向こうの堤防を背に、母と妹は優しく微笑んでこちらを見ていた。私が部屋で見送ったあのときの服装で、見守るように穏やかな表情だ。

 けれど、あっという間にふたりの姿は視界から消える。夢幻そのもので、目を凝らしてみたけれど、そこには誰もいない。

 白昼夢ってこんな感じ? 私の記憶が都合のいい映像を見せただけなのかもしれない。でも導かれるように私は母と妹がいた場所に近づいた。

 そこでようやく波の音に気づく。たしか堤防から砂浜に下りる階段があったはずだ。

 まさか……。

 祈る気持ちで私は足を動かす。お願い、神様。そこですぐに思い直す。

 神様なんていない。何度もそう実感したくせにやはり土壇場で頼ってしまう自分がいた。馬鹿だな。

 だから私は祈る相手を替える。

 お願い、お母さん、まなか。どうか――。

 私は堤防を乗り越え、砂浜に顔を覗かせた。そして遠くに人の姿を確認する。

「穂高!」

 お腹の底から声をあげる。こんな大声を出したのはいつぶりだろう。私の声は届いたらしく、呼ばれた人物はこちらに視線を寄越した。

 驚いたのがここにいても伝わってくる。穂高は波打ち際に立って遠くを見つめていた。

 風で揺れる髪を押さえ、急いで階段を下りていく。手すりもないのに岩のごつごつした作りは不安定にもほどがある。さらに砂浜を踏めば、足元が安定せず思うように進めない。