そもそも月が地球に落ちてくると聞いてから熟睡なんてしたことあったかな。浅い眠りを繰り返してばかりな気がする。

 意識すると眠気はさらに遠のく。まだ少し湿っぽさを残す髪が頬にかかり、私は静かに息を吐いた。

 穂高は今、なにを考えているんだろう。疲れているからもう寝ちゃったかな?

 あれこれ悩んだ末、私はがばりと身を起こして立ち上がった。そっと部屋を抜け出し忍び足で隣の部屋のドアまで近づく。

 わずかに廊下の軋む音に肩を震わせ、息をひそめた。耳鳴りがするほど静かで自分の鼓動音がやけに煩い。

 肌にまとわりつく空気はべたっとして不快だ。でも私はしばらく穂高の部屋の前で葛藤した。

 どうしよう。これといった用事があるわけでもないし……迷惑かな。夜中に異性の部屋を訪れるなんて、顰蹙ものだ。今までの私なら考えられない。性格的にも、常識的にも。

 でも、もうこんな機会、二度とない。

 決意して軽くドアをノックしようとする。その寸前、中からドンっとなにかがぶつかるような低い音が聞こえた。

 躊躇いなんて吹っ飛び、私は後先考えず部屋の中に踏み込んだ。

「穂高!?」

 暗い部屋の中で目にしたのは、ベッドで上半身を起こし苦しそうに胸元を押さえている穂高の姿だった。私はすぐさま彼の元に駆け寄り、腰を下ろす。

「どうしたの? 大丈夫!?」

 穂高は突然現れた私にちらりと視線を寄越したが、なにも答えない。苦痛に耐えるように顔を歪め、息を荒くしている。

 どう見ても調子が悪そうなのは明白で、放っておいてよさそうなものでもない。

 不安で心臓が一気に早鐘を打ちだす。どうすればいいのかパニックを起こしそうになったが、この家にはお医者さんがいるのを思い出し、私は立ちあがった。