大会の会場の県立体育館は電車を乗り継いで40分ほどのところにあった。
 私はひとり不安な気持ちを抱えたままここにやって来た。


 私は選手も使用する廊下の辺りを用もなくうろうろする。

(面を着ける前の香取くんに逢いたい…)

 本当はラインで連絡したら早いのだろうけど、剣道は集中力の競技なので邪魔しないように遠くからこっそり見ようと思った。


(でもこんなに人がいるんだもん、逢えるわけないよね…)

 それでもなかなか諦めきれずに廊下の隅に立ち尽くす。


 ふっと溜め息が漏れた時、

「香取」

と声がした。

(!)

 声のした方を振り返る。


 そこにいたのは道着姿の先輩らしい人と香取くんだった。


(あぁ…やっと逢えた)

 胸の辺りがきゅんと温かくなる。


「香取、今日はなんかいやに集中力欠いてるように見えるけど、大丈夫か?」

「大丈夫です。いつも通りちゃんとやりますから問題ないです」

「そうか?ならいいけど…
 じゃあ頼むな」


 先輩は香取くんの肩をぽんと叩き去っていく。
 私は一部始終を夢を見るような気持ちで眺めていた。

 すると…


「……」

「!!」


 香取くんがこちらを振り返った。
 ばっちり眼が合ってしまい、私は狼狽えた。

 そんな私に香取くんは、思いがけずふっと微笑む。


「なんか熱い視線を感じると思って見たら星宮だったんだ?」

「あ、いや、そんなんじゃ…」


 遠くから見るだけのつもりだったのに、話しが出来るなんて思ってなかったからおろおろしてしまう。


「…ありがとう、来てくれて」

「!」


 どうしよう、『ありがとう』なんて…


『ありがとうな、星宮』

 河原で香取くんを助けて家まで送った時のことが胸をよぎる。


 不意に香取くんが私に手を伸ばす。


(あ…またあの頃みたいに…)

 とくとくと鼓動する胸。
 あの頃みたいに、傍にいたいよ…