「…、遅いんだけど」



ステージ場ではファンの子に笑顔を振りまいていたのに、その笑顔すら消え怒っている彼は相当不機嫌だ。



「いや!これでも急いで頑張って来たんだよ?ただ、人多くって…」

「んなの当たり前だろ。ライブのチケット即完売して会場いっぱいだったんだから、そうなるに決まってんじゃん」



ド正論。

しかし、客席から舞台裏に行くには周りにバレないよう人が少なくなってからではないといけない。


ライブが終了して20分立っても、人混みの減らない中、彼女は苦戦しつつようやくここまで来たのだ。



(少しくらい褒めても、バチは当たらないと思いますよー!)



なんて、呑気にご立腹な彼に言えるはずもない彼女は頼りない声で謝る。



「ったく、折角いい感じでライブ終わったのに裏戻ってもオマエ居ないから萎えたんだけど」



じわり。

追い詰めるように壁へ壁へと、彼女ごと足を進めるコウ。

鈍感な彼女はというと、どうにかこの状況を奪回する方法はないかと考えていたが、答えが出る前に背中が壁に当たる。



(っ!?)



予想していなかったことが起き、軽くパニック状態になる彼女の顔を見て、怪しく微笑む。

さらにコウは、壁に手を添え逃げ出すことを完全に不可能にする。



「…どーしてくれんの?」

「ど、どうって…?」



距離が近い。

吐息が耳元にかかるほどの距離に、微かに彼女の好きな香りが広がる。


その全てにくらりと倒れてしまいそうになるのを、必死に堪え震える声で問いかける。



「だーかーらー。気分下がったから、上げてって言ってんの」

「出来るでしょ?」



触れられている訳でもないのに、動けない体。

優しい声色だが、絶対的な命令がある言葉に今は従うことしか出来ない。



「…っん」



勇気を出して唇に触れるだけのキスをする。



(なにこれ、思ってたより恥ずかしいんですけどっ!)



普段自分からキスをすることなんてない彼女にとってこの行動は、難易度が高すぎる。



「は?こんだけ?全然戻ってないんだけど」



しかしこれだけで満足出来るような鬱憤ではないコウは、余計に腹を立てる。



「オマエに任せてたらキリない。だから、いいよね?して」



整った綺麗な顔が近づき、再びキスをする。

初めこそ、優しく触れるだけの軽いキスだったが、次第に角度を変えて深いキスへと変わっていく。



「…ふ、もう、」

「んっ…、ダメ、まだ足んない」



逃げようとする彼女を閉じ込めるように、壁に付いた手で彼女の腕を握る。


主導権を握られた彼女は、もう抵抗することもなく、ただコウのされるがままに身を任せる。



「まあ、オマエのお陰で気分は元に戻ったかな」



どのくらいたったかはわからないが、ようやく爽やかな笑顔に戻ったコウ。



(初めからその笑顔でいて欲しいんですけど)



とは思っていても、キス自体は嬉しいので文句は言わない。



「ヨカッタデスネ」

「あー、でも気持ち良かったでしょ?」



さっきまでの鋭い目付きとは違い、上目遣いでのぞき込むその仕草。

全てをもう許してしまいそう。



「…っ、コウ君ってたまに意地悪する」

「意地悪しやすいオマエが悪い」

「もう!これからコウ君からキスして来ないで」



息が出来なくなりそうだし、長いし、。


そう後付で言えば、彼は楽しそうにまた微笑む。



「へぇ。それってオマエからしてきてくれるってこと?」

「っ、違う!」

「えー?でもさっき、」



──────────────────────
からかい上手の彼氏さん と 振り回される彼女さん
──────────────────────