ー思い返せば、君はいつも下を向いていたような。





『葵っ』

突然上から降ってくる甘い声。
小説でよくある表現だと“鈴の音のような声”とかになるんだろうな、この声は。
なんてどうでもいい事を考えていると、甘い声の主は私の顔を覗き込んだ。

『どうしたの葵?またいつもの寝不足?』
「まあ、うん…そんなとこ」
『もー、ちゃんと寝ないと倒れちゃうよ?夜更かしもほどほどにね』
「わかってる、ありがと」

私を心配そうに見つめるこの子は、祀雪 澪。
大きな鳶色の瞳を縁取る長い睫毛に、陶器のような白くてすべすべの肌。
背は低くはないが華奢な、その体に乗っている小さな顔は、触れてしまったら壊れてしまいそうなほど綺麗で…まあ、一言で言うと美少女。

そして顔もさることながら、もっと非の打ち所がないのは彼女の性格。
相手の話をよく聞いて、決して出しゃばらずに、相手の欲しい反応を返す。何でも許してくれるが、悪いことは雰囲気を壊さない程度に止める。盛り上がることが求められればノリもいい。
大多数の男にとっては所謂“理想の彼女”で、◯◯が彼女を好きだとかいう類の話は後を絶たない。

でも…彼女から聞いた話では、今まで一度も彼氏が居たことがないらしい。
にわかには信じられないけど、まあモテる子に限ってそういうことに興味がないなんて言うのはよく聞く話でもある。



そんな彼女がひた隠しにしている秘密を、この私だけが知っている。

その秘密は…
実は、人間が怖いということ。