そんなことを考えてたら、七号館の前に着いた。ハーッとわざとらしく息を吐いても、まだ白い息は出ないけど、もう外で空を見るには寒い季節になってきた。それでも彼は屋上にいるんだろうけど。
七号館は特殊な形をしている。三階建ての建物なんだけど屋上へ上がる階段は緩やかな坂になっていて、足元には芝生が植えてある。側面は全てガラス張りで、中の明かりが綺麗に外に漏れて、まるで建物自体が発光しているように見える。屋上にはエレベーターでも行けるけれど、私はあえて階段を使う。段々と空が広がっていくのが好きだったから。
屋上に上がるといつもの芝生に彼が座っていた。
「やっほ」
「お疲れ」
彼。名前は知らない。彼も私の名前を知らない。それでも案外会話は成立したりする。彼とはこの場所以外で会ったことは一度もなくて、学科もサークルも分からない。お互いによくこの場所に来ていることがきっかけで半年くらい前から話すようになったっていう、ちょっと不思議な関係。
私たちはここでいろんな話をする。彼は本を読むからいろんな言葉を知っていて、いろんな言葉を私に伝えてくる。
「もう五限終わりだと夕焼け見えないね」
「そうだね。俺はちょっと早く来てたから、ギリギリ見えたかな」
「絵筆を洗ったような?」
「今日は違うかな。毎日絵を描くほど、神様も暇じゃないよ」
そう言って彼は笑った。彼は笑う時、口元に指を添える癖があって、それが何だか上品な感じがして私は好きだった。
「たくさん言葉を知ってるとさ、見えてる景色もカラフルなんだろね」
「それは俺のこと?」
「そう」
「羨ましい?」
「ちょっと」
「でも君見てる景色だっていろんな食べ物に見えて美味しそうじゃん。それも充分魅力的だよ」
私は彼がからかってるのかと思って彼の方を向いたのだけど、彼は至って真面目な顔で言っていた。確かに私はよく景色を食べ物に例える。オレンジソーダ味もその一つ。でもそういうのってなんか子供っぽいし、絶対、彼の表現の方がカッコいい。
って言ったら彼は、
「そんなことないと思うけどなあ。俺は食にあまり興味がないから、君みたいな物の見方は新鮮だし、面白い」
「そうかなあ……」
彼がそんなことを言うのは意外だった。正直私は彼にちょっと憧れてるところがあって、だから本も読んでみよっかなって挑戦したこともあるんだけど、少し頁をめくっただけで頭をガーン!って殴られたみたいに一瞬で寝てしまった。