…改札無いんですけど。

ホームでキョロキョロしていると一人、待合室から出て来るなりこちらを振り向いて足早に階段を降りていった。

「Suicaは使えないわよ」

……?


ぽけっと立ち尽くしてるこっちに向かって来たのは先程、階段を降りていった女の子だった。

「ここは無人駅だから箱に料金を現金で入れて出んの」

緩くパーマがかかったような柔らかな髪、色白で俺より頭1つくらい違う背丈で睫毛のながい大きな瞳。
指の隙間から流れてしまいそうな軽い声が耳に残る。

「理解、出来ました?」

もう少し、浸らせてくれても良くないですか?と言うくらい後悔したい。
見た目を裏切るキツい口調で一瞬にして淡い夢は壊された気がした。

「無人駅ってこれ? 本当にあんだな」

「何処に行くか知らないけど、この辺りは街灯とかないから急がないと熊の餌食になるよ」

悪戯っぽく話すだけ話して彼女は駅を出たところで駐輪場に入っていった。

熊って。ハハハ。

猛獣飛び出し危険を知らせる標示をみつけ足が道路に吸盤みたいにくっついた。

ここは鹿だけど。



「元気だった?今年は姉ちゃんが受験でさ」

「どうせ、来たくてくるんじゃねーだろ。」


口は悪いが待っていてくれたようでカレンダーには今日までの日付けには赤マジックで×が付いているし、夕飯に天麩羅と素麺、林檎が用意されていた。
冷蔵庫には鉛筆で書かれたメモ書きが貼ってある。

トマト、きゅり、若芽の酢の物。
カボチャ、茄子、きゅりでカレーライス(中辛)。
(略)
いんすたばえする夕日を見せに行く。


…インスタ映えって。

女子じゃ無いんですけど。




電気を消して窓の外へ目を向けると星が見えた。





駅にいた娘は俺くらいだろうか。


―――人懐っこそうな笑み。

また、会えるだろうか。




そんなことばかりが頭を支配して。
瞼を閉じれば、朧気に聞こえてくる心地よい声。

今度逢えたら、今度は君の名前を知りたい。
名前を呼んでほしい。
俺も君の名前を呼んでみたい。

ふわふわした心地よい気持ち。


よくわからなかった。



このときは思いの正体には気づけなかったけど。

この想い。

嫌いじゃないと思った。