僕達が入ったお店は、お土産のお菓子や、グッズ、それに洋服と帽子などテーマパークならではのお店だった。
「んーペアルックするなら服じゃなくて帽子系がいいな〜」
彼女はどの帽子にするか物色していた。
僕はペアルックは絶対にしたくないと考える人間だ。する意味が分からない。
「どっちがいいかな〜?」
手に二つキャラクターの帽子を持って僕に聞いて来た。
「どっちでもいいよ」
いや、良くはないが。本当はどっちも嫌だ。
「どっちでも私とならいいってこと?」
「うん、そうだね」
「素直すぎて逆に気持ち悪いね」
「今日は基本全て肯定していこうかと」
そう、今日だけは特別。
「じゃーキスする?」
彼女は僕に顔を近づけて目を瞑った。普通なら嬉しい事だろうが、僕は彼女の事を好きではない。もちろんキスなどするはずがない。
「もっと顔近づけて」
「はい」
目を瞑りながら、彼女は更に顔を近づけて来た。彼女との距離はあと5センチ程と言ったところだろうか。近くで見ると彼女の肌の綺麗さが目立つ。白い肌でニキビなど一つもない。彼女の顔を至近距離で見ていると、何故か彼女に聞きたい事を思い出した。
「一つ聞いていい?」
「何?キスの仕方?」
「ちげーよ」
僕がそう言うと、彼女は目を開けた。
「女の子が目の前で目瞑ってるのに何もしないとか最低だね」
「あとでするから一つ聞いていい?」
「何?」
「1年生の時下校したって言ってたけどあれ本当?」
前に一度聞いたが、それでも僕は全く思い出せない。忘れる事は誰にでもあるだろうが、話を聞いても思い出せないなんて事があるのだろうか。
「だから本当だって言ってるじゃん」
彼女がクスクス笑う。可愛い。
「いや、全然思い出せないんだよね。普通ありえなくね?言われたら思い出すじゃん?普通」
「あー、多分だけどね、私って認識してないからじゃない?」
「え?どういうこと?」
彼女の存在を知らなかったという事だろうか。もしそうだとしても、顔を覚えるはずだ。そしたら思い出す事も可能だろう。だが僕は思い出せなかった。認識してないとはどういう事なのだろう。
「そのまんまの意味だよ」
「いや分かんないんだけど」
「ヒントあげようか?」
「いや直接言った方が早いと思う」
相変わらず面倒な事を言い出す。
「じゃーヒントね」
「やっぱ俺の意見は無視なんだね」
「今と比べるとかなり地味だったんだよ」
「いやそれヒントってか答えじゃん」
「たしかにそうだね」
彼女はまたクスクス笑って、店内を物色し始めた。
そういう事だったのか。至って普通の事だったようだ。要するに、1年生の時は垢抜けてなかったという事。意外に簡単だった。
霧が晴れたような気分の僕は彼女を追いかけながら話しかけた。
「至って普通の事だったね。でも何で一緒に下校する事になったの?」
僕が彼女に問うと、彼女は一瞬僕の方を振り返ったが、すぐに目を逸らした。
「普通に一人で帰ってたんだけど、途中で私の自転車チェーン外れて動かなくなっちゃったんだよね。それで困ってたら通りかかった柴田が何も言わないで直してくれたの」
その瞬間僕の記憶が完璧に蘇った。1年生の丁度この時期くらいだっただろうか。僕が下校している時に、自転車から降りて困り果てた様な顔をしていた同じ学校の女子生徒を見かけた。気になった僕は、その女子生徒のすぐ近くで自分の自転車を止めて、近寄った。女子生徒が自転車のチェーンの部分を触っていたので、すぐにチェーンが外れたことに気づいた僕は特に会話を交わす事なく外れたチェーンを直した。その後、途中の道まで一緒に帰った。
そうだった。あの時の女子生徒か。今とは確かに見た目が違う。黒縁の眼鏡をかけて、髪を後ろで一つに束ねていたあの女子生徒か。
高校生の登下校している自転車には、自転車の後ろの部分にその高校専用のシールが貼ってある。高校名と自分の生徒番号の様なものが記されていて、どの高校の誰の自転車なのか何かあった時、調べればすぐ分かるようになっている。そしてそのシールは、同じ高校に通っている人ならばすぐにその人の学年が分かる様にシールの色が学年毎に違う。僕の学年は緑色のシール。そういえば、その時の女子生徒のシールも緑色だった。
「思い出した?」
僕が記憶を辿っていると、彼女がやっとかといった顔で聞いてきた。
「思い出したよ。あれがお前か」
「そうでーす。あれ私でーす」
「何で言わなかったんだよ」
僕が少し不思議そうに聞くと、彼女はため息をついてこう言った。
「いや言おうにも言えないよね。自転車直してもらって、一緒に帰ったけど、名前とかもお互い言わなかったしさ。同じ学年って分かったからその後話しかけようと思ったけど、あの時の私に興味ないでしょ?」
彼女にしては真剣な顔だった。
「いや興味とかじゃないだろ別に。俺も話しかけようとはしなかったけどさ」
「うん。だからやめた。誰とでも話せる様な人が私には話しかけようとしないって事は興味ないのかなって」
そう言う彼女は少し寂し気だった。
「だからそういう事じゃないって」
「気にしてないからいいよ。だから可愛くなろうって思って、眼鏡をコンタクトにして、髪も下ろしてみたの」
何か分かった様な気がした。学校の行事の遠足に、場違いな格好をしてきたのは免疫が全くないからなのだろう。
「可愛いいから話しかけるとか可愛くないから話しかけないとかそういうの関係ないけどな」
「うん。関係なかった。2年生の時には今みたいな見た目だったのに全然話しかけてくれないんだもん。肌のケアだってすごい頑張ったのに」
何故か少し罪悪感を感じた。別に悪気があったわけではない。たまたま話しかけるタイミングが無かったのだ。
「なんかごめん」
「だから気にしてないって」
先ほどの寂し気の様な表情は既にいつもの笑顔に変わっていた。
「なら良かった」
「うん。三年生で同じクラスになったから許してあげるよ」
「何それ。もし同じクラスにならなかったら何するつもりだったの?」
「ふふふ」
不気味に笑い出した。心底同じクラスになって良かった。
「だから絶対私の事好きにさせてあげるよ」
「随分な自信だね。自慢じゃないけど俺は誰も好きになった事ないよ」
「今まで付き合った人に土下座してきなよ」
「断るよりまだマシなんじゃないかな」
「私は断る方がいいと思うけどね」
「じゃー俺が何回も断ってるのに諦めないお前は何なんだよ」
「でも私の事可愛いって思ってるよね?」
驚いた。彼女は気づいていたらしい。
「分かってたのか。意外と鋭いね」
「え。冗談で言っただけなのに。本当に思ってるんだ」
どうやら僕は釜をかけられたらしい。単純な罠にかかってしまった。まぁそれくらいなんて事ないだろう。
「本当に思ってるよ。でも好きと可愛いいって思うのは別だろ」
「分かってるよ。でも有利な事には違いないよね」
彼女はニコニコしながら僕を見てきた。やはり可愛いい。
「まぁな。じゃ頑張って俺のこと好きにならしてみてよ」
わざと偉そうに言ってみると、彼女は僕の胸を叩きながらこう言った。
「任せな」
妙に男らしい。少しからかってみよう。
「もう好きだよ」
自分で言いながら恥ずかしくなってしまった僕は彼女を通り過ぎて先に歩き出した。
「あ、嘘だからね今の」
分かっているとは思うが、念を押しておいた。
立ち止まっていた彼女がその言葉で動き出して僕の手を握って引っ張って彼女の方に無理矢理振り向かせられた。
「ちょっと屈んで」
「なんだよ」
「いいから」
「はい」
僕が屈むと、その瞬間彼女にキスをされた。一瞬だった。
「お前ふざけんなよ」
「からかわれたからやり返しただけだよ。人の事あんまり甘く見ない方がいいよ」
余裕そうに言っているが、足も手も震えていて、それに顔も赤いし目も明らかに泳いでいる。少し可笑しくなってきた。
「お前まさかとは思うんだけどさ、、、」
言い切る前に彼女に遮られた。
「それ以上言ったらもっとする」
、、、絶対にこれ以上言わないと僕は誓った。
その後僕達は男の子のキャラクターの帽子と女の子のキャラクターの帽子をお互いに購入してお店を出た。