振り返れば走ってきたのか肩で息をしていて、苦しそうに咳をする姿が目に入る。

癖のないサラっとした黒髪が乱れて数本逆立っていた。


「え、えっ?大丈夫?!」


予想もしていなかった光景に戸惑いを隠す事が出来ない。

慌てて駆け寄り、少しでも楽になればと彼の背中をさする。


「っあ、の……瀬戸さん、どこ行くの……?」


息を乱したまま、それでも可能な限り整えつつ問いかけるその声は息切れしているからか弱々しく、まるで迷い子のようにすら思えてしまった。


「喉乾いたからそこで飲み物買おうかと思って」

「飲み物……?はぁぁ……何だ、よかった……。どれだけ待たせたか分からなかったから、怒って帰るのかと思った。――遅くなってごめん」


何てことだ。淵くんなら悠々とやってくると勝手に予想していたのに全く違うではないか。

こんなに髪をぐちゃぐちゃにして息を乱して、せっかくの綺麗な見目が台無しだ。

けれど、そうして走ってきたのが待たせているかもしれないと思っての事ならば。私の為なのだとしたら。


「っ、」


そう思うとそれだけで胸がキュッと締め付けられる感覚を覚える。

いきなり予想を裏切られる展開に思わず体温が上昇するのが分かった。

それでも、体が火照るような感覚と、ふわふわし始めた頭は淵くんの咳によってハッと引き戻される。


「淵くん、ちょっと待っててね、すぐお水買ってくるから」

「ん、ごめん」


ケホケホと咳き込みながらお願いと言うように、コクコクと頷く。

それを確認し、今度は私が走り出したのだった。