ゴンドラ内は狭い。高さもさほど高くない。

正面に座る彼に手を伸ばせばすぐそこだが、彼を抱きしめるには不格好な体制になる。

それでも私は頭ごと彼を抱えてぎゅうっと抱きしめた。あの日の夜のように。


「……あ~あ、俺、瀬戸さんの前ではカッコいい彼氏でいたいのになぁ」


上手くいかないね。と小さな声を零して左手で私の腕を緩く掴んだ。

縋るように、身じろぎをして大きく息を吐いた。


「俺ねぇ、こうされると凄く落ち着くんだよね。ほんっと、大人になれない子供なのかも」


と、言われて漸くハッとする。

私が女子高校生に連絡を渡して欲しいと言われた日、妬きもちを焼いた日、彼は脈絡もなく私を腕の中に閉じ込めた。

その時に言っていたではないか『何かあったならこうしたら落ち着くかなって思って』『俺基準で物言うもんじゃないね』と。

手探りで、分からないなりに、自分に当てはめて私にしてくれたのだ。


「淵くん……っ」


痛いほどの優しさを彼は彼なりに私にくれている。


「やっぱり瀬戸さん、凄く心臓バクバク言ってるね……」


羨ましい。と言いたげな静かな声で、彼はゆっくり目を伏せた。

彼は自分に自信がないのだろう。こと、この事に関しては自己評価が低くさえある。

けれど自分が思うよりも人は人の事を気にしていない。現段階では私だってそうだ。

でもそれは無関心なわけでもなくて、私は私なりに彼の気持ちを受け取っているつもりなのだ。


「分かりにくいだなんて、そんな事ないよ。特別な事なんてしなくてもいいんだよ。それでも淵くんがそれで思い悩んでしまうなら、私の心臓をあげるから。この心臓だって淵くんのものにしてしまえばいいから」

「――……ははっ、すっげー殺し文句」


可笑しそうに、それでも何かを嘲り笑うように掠れた声を上げて、伏せた瞼をゆっくり持ち上げて視線を私まで運んだ。

黒い瞳に夜の光が集まった。