神様には成れない。



恐ろしいくらいに早く脈打つ心臓の音は私の物で、規則的に聴こえる音は彼の鼓動だった。

人に抱きつく事など、生まれてこの方した事がなかった為に落ち着かない処か堪え難いほどの羞恥でいっぱいになる。

それでも彼の頭ごと抱えて抱きしめる。

滑らかな黒い髪が指に触れて、彼の体温を感じる。手ばかり冷たいだけで彼自身は温かい。

花のような匂いが鼻腔を擽り、ほんの少し安心する。

淵くんは狼狽える事はなく、それでも驚いたように声を上げた。


「女の子なんだから男にこう言う事するのよくないよ」


と、ごく一般的な見解。

もう分かっている。大丈夫。そんな意味を込めて力を込め直して抱きしめる。


「私は“男の子”にこうしてるんじゃなくて、淵くんを、だっ、抱きしめてるんだよ……!!」


改めて自分の行いを、自分自身で口にすると形容しがたい気持ちになり、身じろぎしてしまう。

彼は動かずにジッとしているのだが、次第に目を閉じたようで見下ろしていても睫毛がゆっくり動いたのが分かった。


「ほんっと、瀬戸さんは突拍子もない事をするよねぇ」


いつもの調子で、いつもよりはゆっくりと言葉を発する。

次いで彼は、私の言いたい事を汲み取ったのか震える小さな声で、自らの蟠りを告白した。


「返せない気持ちは受け取りたくないって思うんだ。だから、人の好意は特に嫌いで……」


記憶を辿り、何処か懺悔するかのようにゆっくりと綴る。

腕の中で何度か繰り返す呼吸を感じていれば、微かに乱れる呼吸。それを誤魔化すように少しばかり大きく息を吸って言葉とともに吐き出した。


「……高校生の時、一年近く付き合ってた女の子がいたんだ」


決してそんな雰囲気を見せなかった彼が、決してそんな事を一言も言わなかった彼が、そう言った。