私の名前は由美。




ヨシキと付き合って3年が経ち…




私はヨシキと結婚した。




ヨシキの素朴さに、やさしさに

飾り気のなさに



いつも癒やされて

一緒にいると誰といるより安心出来た。



ヨシキは

私をすごく大事にしてくれたし

私も、彼とならきっと

穏やかな家庭が持てると信じて疑わなかった…。



でも、私の家族は大反対だった。



ヨシキは

農家の長男だった。



一人娘で都会育ちの由美が苦労するのは目に見えている!

と、猛反対だった。



だが、

若さというのは、厄介なもので…

反対されればされるほど熱くなる。



それにヨシキも

親の苦労を見てきたから農家はしないと

会社員をしていた。

さらに彼自身も、実家の農家での

同居生活を望ます

二人での生活を望んでいた。




結局、私は

家族の反対を押し切って

結婚する形となった。




結婚当初は幸せだった。

それは、私でなくても

誰でも、そうだろう。



ヨシキは、それはそれは

私を大事にしてくれた。




しかし…

何をどうしてもヨシキの家は

古い農村集落にある農家…



別々に暮らしていても

しょっちょう行かねばならない。



正月、お盆、お彼岸、法事、

よくわからない村の行事に

よくわからない村の集まり…



その度に

信じられない程の大勢の親戚や

隣近所の人々が、集まり

男はご馳走を食べ、女がお酌する酒を飲み

女は、食べる暇もなく

料理を運び、空いた皿を下げ

次から次に山のような食器を洗い

次の料理を運び

お酌をしてまわり

男達へのお土産を準備したり…




私も、何度も

お酌してきて!と小姑や姑に言われ

お酌に行くと手をネチネチ触られたり

あるいは

農家の嫁なのに同居もせんバカ嫁が!!

とさんざん罵られ



台所でも

はよ、こっちに住んで私らの面倒みてくれよ!と姑に言われ…




年々、向こうの家に行くのが

憂鬱でたまらなくなった…。



しかも

私が散々言われていても

ヨシキは何か言い返すどころか

知らんぷりを決め込んでいた。

そんなヨシキにも腹がたった。



だんだん、わかってきたが

ヨシキは母親と気の強い姉二人には

全く逆らえない男だった。




やがて、

子供が産まれた。



子育てなんて自分にできるのか…と

不安だったが

産まれてみると

可愛くて可愛くて

私は必死に子育てを頑張った。



その二年後

もう一人子供が産まれた。

私は二人の母になった。




ヨシキは

子供が産まれたのに仕事を転々とし

車もしょっちゅう買い換えるものだから

ローンがドンドン膨らんでいき

生活は苦しかった。

私は、子育てに専念したいのと

もともと身体が丈夫ではなかったため

パートには行かず

一生懸命家計をやり繰りした。




やがて

結婚してから十年が経ち…

私は密かにスィートテンダイアモンド

ほどはいかなくても

結婚10周年なんだから…と期待はしていた。




そして…

それは裏切られた…。



記念日当日

スィートテン、どころか

ケーキさえも…、

さらには何かしらの言葉さえもなく

ヨシキは、お笑い番組を見て大声で笑ってるだけだった…。




月日は流れ

結婚19年の年

私とヨシキは、夫婦喧嘩をした。



夫婦喧嘩なんてしょっちゅうだった。

この時も、そうだった。

いつもより、少しだけ大きな夫婦喧嘩だった。



だが、

この時、ヨシキは私が家計をやり繰りして

毎月ローンを払っていた車に乗り

自分の実家に帰ってしまった。



そうなると私も

向こうが折れるまで絶対に折れない!

と意地になった。




別居から2ヶ月たったある夏の日の事



突然両親から電話があった。



「お前の旦那や、家族が押しかけてきたんやけど!いったいどういう事ね?!」



ビックリして私は実家に走って行った。

そこには、

夏の昼下がりをのんびり過ごしてたであろう両親の所に

連絡もなく、

いきなり乗り込んできたという

ヨシキと姉二人とさらに義理の兄までいた。



心配はかけたくないと、別居の事は

両親に話してはいなかった。



そもそも、今回の夫婦喧嘩も話し合えばすむ内容であったのだし。



夏休みで両親の家に遊びに来ていた

子供達も、自分達の父親やその家族への怒りで

泣いていた…。




開口一番

上の義姉が言った。

「離婚させますので!」



………



ヨシキは…



何も言わない。ただうつむいてる。



姉達や母親、さらには親戚にも逆らえない

ヨシキは

実家に帰ってる間、

結婚19年経っても同居もしない

農家も手伝わない嫁なんかいらんから

とっとと離婚しろ!そして

ちゃんと同居しておまえの親の面倒を見て

農家をやってくれる女と再婚しろ!



と、言われたのだろう。



ヨシキとも、向こうの家とも長い付き合いだ。

簡単にわかる。



それにしても、卑怯なのは

私がいるアパートではなく

わざわざ、私がいない実家の両親の所に押しかけたということだ。

それも、連絡1つせず。

いったい、なんて事をしてくれたのか!

押しかけるなら、直接私の所に来ればいいものを。




向こうの家は、いつもそうだった。

連絡をして訪問するという

普通の常識がなぜかなかった。



それにしても、今回はヒドイ!



離婚と聞いて、両親もますます混乱している。




義姉は、その後も



私の悪口をあることない事ペチャクチャ喋りたててる。それも甲高い声で。

小遣いをあげてないとか、夕食を作らないとか…

嘘ばかりだ…。



子供達はさらに泣き出した。

決して小さな子供ではない息子達が

これほど泣くなんて、余程のことだ…。




一方的に言いたいことを散々喋り終えると、今度はさっさと帰り始めた。

ここでも、1番上の義姉がリーダーだ。



ヨシキは相変わらず何もしゃべらない。




あまりに、悔しくて両親にも申し訳なくて

私も泣き出した。





次の月、毎月お給与を振り込まれていた

通帳も勝手に変えられ、

子供二人抱えて

生活費はゼロになり…

さらには、裁判所から調停の通達が届いた…。




まずは、区役所に行き

生活費や子供の学費等の相談に行くが…

急に涙がこぼれ、途中何度もしゃべれなくなった。

次に初めて弁護士事務所に行き調停の件を相談した。



子供達が生まれ育ったアパートも

名義がヨシキだった上に、

家賃も高くて、もう払えないため



家賃が安くて狭いアパートに

親子三人で引っ越した。




もう、この狭いアパートにヨシキの居場所はどこにもない。



私は、調停で徹底的に争う決意をした。





しかし、



長かった…。




ヨシキだか小姑だかが起こした調停だろうに

養育費を払いたくないとか、子供の学費は払わないとか(恐らく、向こう一族の入れ知恵だろうが)

そんな風で、不成立になってしまった。




なので、

数ヶ月後

今度は私から調停を起こした。





そして…

1年後、



やっと離婚が成立した。




離婚届を出して私は旧姓に戻り

子供達も向こうの戸籍から抜き

名字を、私と同じに変えた。



なんせ、向こうは昭和初期のような家だ。

名字を向こうの家と同じにしておけば

戸籍が変わっても名前は一緒なんだからと

子供達は跡取りにされる可能性が高い。



家の跡取り問題は

向こうの家にとって死活問題なのは

すでに知っている。



自分の分だけでも大変なのに

子供達のも含めての

名義変更は

想像を超えるほど大変だった。



それでも

もう、ヨシキと同じ名字でいるのは

絶対に嫌だった。精神的に無理だった。

あの人々と

キッパリ縁を切りたかった。




こうして…




幸せになれると信じて疑わなかった

ヨシキとの結婚生活は

悲しくも

結婚20周年の年に終わった…。





二人で見た星空。

手をつないだ感触。

二人でよく見た映画。

温泉に行って浴衣姿で二人で散歩したあぜ道。

夜中に車でドライブした事。

私が仕事で遅くなると必ず車で迎えに来てくれたヨシキ。

いつも私に優しく笑ってくれたヨシキ。




ヨシキは…

あんなに楽しかった

そしてたくさん笑いあった日々も



幸せだった

思い出も




全て忘れただろう。




結婚する時、私に

「俺は由美に苦労させたくないから

同居はしないからね。由実は一人娘なんだから」

と言ったのはあなたの方だったよね…。




夫婦喧嘩し実家に帰って

同居もしない嫁など役に立たんから離婚しろ!と周りからさんざん言われ

私への想いも、気持も

家族や親戚に言われるままに



すっかり変わってしまったのでしょう。



調停で見かけたあなたは

敵対心剥き出しで、やつれて

何だか恐ろしく

長年、家族として暮らしてきたヨシキとは

とても思えないほど

変わってしまってい

以前の面影もなかった…。



今では

お給与もボーナスもほとんど自分だけの物になって

家賃も光熱費も、子供の学費も

払う必要がなくなり



さぞ、喜び

また新車を買って

高価なカーナビやステレオ、ハンドルなども買いまくってることでしょう。




私は

道を歩いていて、老夫婦を見かけると

涙がこぼれます…。



私には

もう、年を取っても

あんな風に

よりそう人はいないんだな…と。

そして、一生死ぬまで働かねばならないのだな…と。






とにかく…



もう、



全て



終わった…。




ヨシキと過ごした年月は

あまりに長すぎて

私も、年をとってしまった…。

そして、この一年で

すっかりやつれてしまった。




もう、二度と恋はできないだろう。







もちろん



ヨシキとは



今後、

何があっても



二度と



会うことはない。






永遠に…




永遠に……



さようなら…。




20年前は大好きで
20年後に大嫌いになった人…。